『まさかの最終回!?』
みなさん、こんばんわ。実は、今回でシアトルからのお便りは、まさかの最終回。大変短い間でしたが、『シアトルのah so!』、お世話になりました。
と言っても、来月からは、場所を変えて、続けさせて頂きます(笑)。ただ、来月からは、もうシアトルからの発信ではないので、『シアトルのah so!』から、『ah so!』にタイトル変更させて頂こうと思ってます。
詳細は以下をどうぞ。
***
1. バンクーバーへの道
2月から、9年住んだアメリカ離れ、カナダはバンクーバーへ行く事に。国際引越なんですが、実は、現在のうちから、次の家まではドアtoドアで、たったの2時間30分程。今まで、アメリカ内でも西から東、東から西への大移動だったので、なんとな〜く、今回の引越には気合いの入っていない私。
現に、引越まで2週間を切ったと言うのに、詰め終わった段ボールは2箱だけ。これって、やっぱり一夜漬けで試験に臨んだ若い頃から変わない。崖っぷちに立たないと、何もやらない。イカンネ、これじゃ(苦笑)
さて、私たち、なぜ、今、バンクーバーに移るのか。
別に会社の転勤命令が出た訳でもなく、自発的に行こうかと決めたのは、かれこれ1年以上前。丁度、NYでの仕事場に飽きて来た頃。NYは大好きだったのよ。そしてLAの生活も嫌いじゃなかった。ただ、先を考えて行く上で、「この土地で骨を埋めたいか?」となった時に、地価・不動産の高騰、私のビザの問題、仕事と天候と色々な方向から見つめた結果、「そろそろアメリカから出る?」というところに話は進んだ。
私たちカップル、もう「エエ年やのに〜」と言われる中年期。でも、未だに子供を欲しいと思っている。なので、子供が産まれた後の事など考える限り、何となくアメリカの教育や保険制度に対して不信感が拭えず。ま、他の国に行ったところで、もしかするともっとヒドいのかも知れないのだけれど。
さて、『海外』と考えたところ、実は候補は結構あった。候補地に挙がったのは、イギリス、カナダ、オーストラリア、シンガポール、マレーシア、日本そして南アフリカ。
相方の仕事柄、田舎方面にはほとんど仕事がないので、メトロポリタンであり且つ、自然の多いところということが条件。
私たちの条件は、
・夜歩きが出来る場所
・空気の良い場所
・キャンプに簡単に出かけられる事
・スキーに行ける事
・極寒、灼熱の地でない事
・子供が安心して外を駆け巡れる事
・医療設備がしっかりしている事
というもの。ま、医療設備に関しては、発展途上国で無い限りはOKだったのだけれど、上の項目を一番沢山満たすのがバンクーバーだったので、バンクーバーに決定したと言う訳。
2. バンクーバーとシアトルと
しかし、決定したと言っても、「固く心に誓った」と言うよりも、「じゃ、バンクーバー見に行ってみる?」と気軽な気持ちで、2006年の7月下旬に、第一回下見へと飛んだのです。
でもね、ハッキリ言って、最初の下見でのバンクーバーへの第一印象は、かなり悪かったよ。ま、泊まった場所も安くで泊まったから、あんまり良い場所ではなかったし、で、夜に歩いていたら、コンビニ近くに日本の若者が団体で座り込んで煙草吸いながら日本語で大騒ぎしてるのに遭遇。何だかねぇ、結構イヤな感じで「ここどこ?」って感じだった訳ですよ。
一応、相方は、バンクーバーの会社数社と会って、どちらも好感触だったんだけれど、イマイチ条件はヨロシク無く(ま、NYと比べるとね〜)、とりあえず保留のまま、NYに戻った訳です。
帰ってから保証人になってもらう友人(シアトル在住)に、相方が電話したところ、「え〜、バンクーバー行くんやったら俺のプロジェクトに来いや〜(オーストラリア弁)」と言う事で、そこからかなり強く彼のラブコールが始まったのだ。
条件も何もかもシアトルの方が上だったし、その上、引越代など全て出るって事で、1年契約の条件を受理した、というのがココへ来た経緯。
相方も私もシアトルには訪れた事も無かったのだけれど、『エイっ』と契約書にサインして、降り立ったのが一昨年の11月。LAに住んでいた時の(上述の)友達カップルとの再開を楽しみ、そして「ココが私の永住の地候補かぁ」と思っていたのも束の間の事。相方の参加したプロジェクトが、突然にキャンセルに。ま、キャンセルになっても、仕事が無い訳じゃないんだけれど、やっぱり最初の約束とは違う訳で、次の場所に目を向け始めたのが、昨年の秋頃。
で、そこからは、「どうする〜?」という問いの繰り返しの中、全てがクリアに片付き、そしてカナダ行き決定となったのが新年直後と言う訳です。
バンクーバーとシアトルと、距離的には大変近いし、気候はほぼ同じ。でも、聞くところによると、大きな違いがあると言う。ま、国も違うのだから、文化も社会も違って当たり前なのだけれど、それでも、そこまで違うとは信じがたいと言うのが正直なところ。
3. そして引越
さてさて、引越。車で2時間半程ダシ、NYからシアトルへの引越の半額くらいかと思い、最初は、業者を使おうかと目論んだ私たち。見積もりをもらって仰天。「高いやん!」そうなの、高いの。トータルで100万近くかかるって。
自分たちでトラックを借りた場合の値段を調べると、トラックのレンタルが3万ほど。で、積み荷のお手伝いを雇うとすると、チップを含めてもトータルで10万以下。最初は、しんどいし、業者に頼もうと思っていた私たちも、あまりの値段差に即、『自分でトラック運転』プランを選択。
陸路でアメリカからカナダの引越はそんなに難しく無く、必要な書類は、積み荷のリストのみ。後は、私のビザも、国境でもらえる事に手はずは整っているし、一応3年未満の契約で行くので、車も正式にアメリカからカナダに『輸出』しなくて良いらしい。これが3年以上になる場合は、後で、国境まで戻って、車の輸出の手続きをとれば良いらしい。国境での手続きって、響きは大変そうなのだけど、ジッサイは、車で30分で行ける距離なので、結構気は楽。
なので、とりあえずは、今の第一課題はパッキング。90強の箱を取り寄せたんだけれど、最初に書いた通り、終了したのは、たった2個。段々、間に合うか不安になって来た(焦)。
無事に引越が終わる事、祈っておいて下さいね。
***
ということで、来月からはカナダはバンクーバーよりお届けします。
記憶が新しいうちに、「シアトル」と「バンクーバー」の違い、そして「アメリカ」と「カナダ」の違いについて、経験に基づいて色々とご紹介出来れば、と思ってます。
それでは!!
mika@シアトル
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Saturday, January 26, 2008
Tuesday, January 1, 2008
Vol. 1 - No. 7
『大晦日!』
みなさん、こんばんわ。日本はすっかり大晦日ですね!もしくは、読まれる時間によっては、お正月を迎えている方も?
私は、昨日、32時間と言う長い時間をかけて、南半球は、南アフリカのヨハネスブルグから帰って来ました。いやいや、32時間と言っても、その内27時間は飛行機の中...生まれて初めて、これだけ長い時間、飛行機内に監禁されました。いやいや、しばらくは、飛行機はゴメンです(笑)
さて、今回は大晦日スペシャルと言う事で、日本と、アメリカ、そして南アフリカの師走の違いについて書いて行こうと思います。
***
1. 日本の師走
多分、1年で一番、日本を懐かしく思う時期は師走だと思う。日本にいた頃は、イベント屋をしていた事もあり、クリスマスからお正月にかけては寝る暇も無く、現場から現場へと駆け回っていた。
12月に入ると、街はイルミネーションで彩られ、そして、街中がクリスマスモード一色に包まれる。クリスチャン文化がそれほど入り込んでいないはずの日本なのに、クリスマスにかける意気込みは、アメリカのどの都市よりも、そしてオーストラリアや南アフリカのどの都市よりも、凄い。多分、私の知っている地域で言えば、マンハッタンが、かなり近いかな。
神戸出身の私としては、ルミナリエの存在も捨てがたい。今年は経費の削減の為に、普段よりも短い期間で終わってしまったようだけれど、あれも、また、師走の風物詩としては外せない。
そして、シンバルが打ち鳴らされる様にクリスマスに向けて、ムードは盛り上がり、で、イブが終わると、突然、ムードは変調され、琴や和太鼓といった和風のビートに乗って、新年へと突っ走る。
この盛り上がり様が、私は大好きだ。洋風から和風へのドラマチックな変わりよう。私が今まで暮らして来たどの国にもこのような盛り上がりは無い。子供の頃から苦手だった『お節料理』も懐かしい。そして、初詣の神社、そして、周りの出店達。海外に住んで10年以上経つ今も、あの喧噪が懐かしい。
日本に住んでいた頃は、宗教とイベントのつながりについて考えた事も無かった。でも、考えてみると、変わってる。『佛教の国』として知られている日本だけれど、教会で式を挙げるカップルは、増えるばかり。でも、お葬式は仏式で。実は、私はこんな風に一つの宗教にこだわらないで自由に好きなものを選べるという、この発想が好き。つじつまが合わなくったって良いのだ。本人達が満足ならば。
2. アメリカの師走
さて、アメリカでの9回目の師走を迎えているけれど、毎年、この新年ムードの無さにがっかりしてしまう。
長いフライトを終えて、昨日、空港に降り立ったのだけれど、クリスマスが終わり、すでに大イベントは終わってしまい、後片付けの大変さの中に降り立ったという気分は否めない。
アメリカって『フェスティブシーズン』の無い国だなぁと、つくづく思ってしまう。確かに独立記念日や、感謝祭などのイベントはあるのだけれど、国そのものがホリデー一色になるという期間が短い気がする。
クリスマスにしても、ショッピングセンターは人でごった返すものの、日本のクリスマスの様な盛り上がりに欠ける。そして、クリスマスは休日なんだけれど、『ただの休日』という感は否めない。ミョーにあっさりしてるのだ。
ミョーにあっさりしてると言えば、新年だって2日から、既にほとんどの会社は始まり、そしてクリスマスから新年までの1週間だって、ほとんどの会社は普通営業。ゼ〜ンゼン、お祭りムードじゃないんだなぁ。
アメリカ、好きなところもいっぱいあるけれど、でも、この師走のアッサリ加減は何年経っても好きになれない。『人種のるつぼ』と言われる国だからかなぁ。なんだかアメリカはエンターテイメントの発信地と言われつつも、アメリカ文化はいまいち楽しむ事を知らない気がする。
3. そして南アフリカ
南アフリカにはクリスチャンが多い。なので、クリスマスの盛り上がりは容易に想像出来る。ただ、日本やアメリカと違い『クリスマスの商業化』はあまり進んでない様に思われる。
例えば、クリスマスの日は、街はひっそりとしてしまう。探せばあるんだろうが、やっているお店を見つけるのは容易ではない。
というのも、やっぱりクリスチャンが多いからか、クリスマスはしっかりと祝うものという意識が強いのだと思う。クリスマスの日は家で家族とともに団らんする。朝は教会へ行き、午後早くからクリスマスディナーが始まる。真夏のクリスマスと言う事で、庭でバーベキューだったり、海辺でまったりと寛いだり、と、日本の感覚で言うクリスマスとは違うけれど、それはそれで、とっても楽しい。
そして、日本で、クリスマスイブがクライマックスなところ、南アフリカではクリスマスイブは対して取り沙汰されない。それは、アメリカもオーストラリアも同じ。クリスマスイブは、クリスマスの前日と言う事で、レストランも早くに営業を終えたい様で、今回、私たちが食事したレストランでは午後7時30分がラストオーダーだった。また有名レストランを含めた、かなりの数のレストランがクリスマスを挟む数週間をクローズしてしまうところが多いのにも驚いた。
バケーションの商業化が進んでないから、街中のイルミネーションや盛り上がりは、日本と比べると生彩を欠くが、でも、人々のバケーションに向けての盛り上がりはヒシヒシと感じられる。
南アフリカでは多くの人が年末にかけて2〜3週間。人によっては1ヶ月のバケーションをポンと取って家族と過ごすのだ。ビジネス街も大抵はクリスマス付近から年末まで休みだし、学校だって休み。
オーストラリアもそうだけれど、南アフリカも、新学年が始まるのは1月から。だから師走は、ホントの意味での仕事/学業納めの月。日本程の盛り上がりは無いけれど、その分、スローでホントの意味でのバケーション&心の洗濯が出来るのが師走。
***
こんな風に、「所変われば品変わる」訳ですが、コレから先、ドコの国へ行っても、日本人らしく、大晦日には1年の事を振り返り、そしてお正月には心を新たに生きて行きたいと思っています。
つたない文章ですが、今年いっぱい読んで下さりありがとうございました。また新年より、心を新たに、色々な事を書いて行きたいと思っています。来年もヨロシクお願いいたします。
そして、
良いお年を!
くれぐれもお餅は良くかんで食べて下さいね。
Cheers!!
mika@シアトル
みなさん、こんばんわ。日本はすっかり大晦日ですね!もしくは、読まれる時間によっては、お正月を迎えている方も?
私は、昨日、32時間と言う長い時間をかけて、南半球は、南アフリカのヨハネスブルグから帰って来ました。いやいや、32時間と言っても、その内27時間は飛行機の中...生まれて初めて、これだけ長い時間、飛行機内に監禁されました。いやいや、しばらくは、飛行機はゴメンです(笑)
さて、今回は大晦日スペシャルと言う事で、日本と、アメリカ、そして南アフリカの師走の違いについて書いて行こうと思います。
***
1. 日本の師走
多分、1年で一番、日本を懐かしく思う時期は師走だと思う。日本にいた頃は、イベント屋をしていた事もあり、クリスマスからお正月にかけては寝る暇も無く、現場から現場へと駆け回っていた。
12月に入ると、街はイルミネーションで彩られ、そして、街中がクリスマスモード一色に包まれる。クリスチャン文化がそれほど入り込んでいないはずの日本なのに、クリスマスにかける意気込みは、アメリカのどの都市よりも、そしてオーストラリアや南アフリカのどの都市よりも、凄い。多分、私の知っている地域で言えば、マンハッタンが、かなり近いかな。
神戸出身の私としては、ルミナリエの存在も捨てがたい。今年は経費の削減の為に、普段よりも短い期間で終わってしまったようだけれど、あれも、また、師走の風物詩としては外せない。
そして、シンバルが打ち鳴らされる様にクリスマスに向けて、ムードは盛り上がり、で、イブが終わると、突然、ムードは変調され、琴や和太鼓といった和風のビートに乗って、新年へと突っ走る。
この盛り上がり様が、私は大好きだ。洋風から和風へのドラマチックな変わりよう。私が今まで暮らして来たどの国にもこのような盛り上がりは無い。子供の頃から苦手だった『お節料理』も懐かしい。そして、初詣の神社、そして、周りの出店達。海外に住んで10年以上経つ今も、あの喧噪が懐かしい。
日本に住んでいた頃は、宗教とイベントのつながりについて考えた事も無かった。でも、考えてみると、変わってる。『佛教の国』として知られている日本だけれど、教会で式を挙げるカップルは、増えるばかり。でも、お葬式は仏式で。実は、私はこんな風に一つの宗教にこだわらないで自由に好きなものを選べるという、この発想が好き。つじつまが合わなくったって良いのだ。本人達が満足ならば。
2. アメリカの師走
さて、アメリカでの9回目の師走を迎えているけれど、毎年、この新年ムードの無さにがっかりしてしまう。
長いフライトを終えて、昨日、空港に降り立ったのだけれど、クリスマスが終わり、すでに大イベントは終わってしまい、後片付けの大変さの中に降り立ったという気分は否めない。
アメリカって『フェスティブシーズン』の無い国だなぁと、つくづく思ってしまう。確かに独立記念日や、感謝祭などのイベントはあるのだけれど、国そのものがホリデー一色になるという期間が短い気がする。
クリスマスにしても、ショッピングセンターは人でごった返すものの、日本のクリスマスの様な盛り上がりに欠ける。そして、クリスマスは休日なんだけれど、『ただの休日』という感は否めない。ミョーにあっさりしてるのだ。
ミョーにあっさりしてると言えば、新年だって2日から、既にほとんどの会社は始まり、そしてクリスマスから新年までの1週間だって、ほとんどの会社は普通営業。ゼ〜ンゼン、お祭りムードじゃないんだなぁ。
アメリカ、好きなところもいっぱいあるけれど、でも、この師走のアッサリ加減は何年経っても好きになれない。『人種のるつぼ』と言われる国だからかなぁ。なんだかアメリカはエンターテイメントの発信地と言われつつも、アメリカ文化はいまいち楽しむ事を知らない気がする。
3. そして南アフリカ
南アフリカにはクリスチャンが多い。なので、クリスマスの盛り上がりは容易に想像出来る。ただ、日本やアメリカと違い『クリスマスの商業化』はあまり進んでない様に思われる。
例えば、クリスマスの日は、街はひっそりとしてしまう。探せばあるんだろうが、やっているお店を見つけるのは容易ではない。
というのも、やっぱりクリスチャンが多いからか、クリスマスはしっかりと祝うものという意識が強いのだと思う。クリスマスの日は家で家族とともに団らんする。朝は教会へ行き、午後早くからクリスマスディナーが始まる。真夏のクリスマスと言う事で、庭でバーベキューだったり、海辺でまったりと寛いだり、と、日本の感覚で言うクリスマスとは違うけれど、それはそれで、とっても楽しい。
そして、日本で、クリスマスイブがクライマックスなところ、南アフリカではクリスマスイブは対して取り沙汰されない。それは、アメリカもオーストラリアも同じ。クリスマスイブは、クリスマスの前日と言う事で、レストランも早くに営業を終えたい様で、今回、私たちが食事したレストランでは午後7時30分がラストオーダーだった。また有名レストランを含めた、かなりの数のレストランがクリスマスを挟む数週間をクローズしてしまうところが多いのにも驚いた。
バケーションの商業化が進んでないから、街中のイルミネーションや盛り上がりは、日本と比べると生彩を欠くが、でも、人々のバケーションに向けての盛り上がりはヒシヒシと感じられる。
南アフリカでは多くの人が年末にかけて2〜3週間。人によっては1ヶ月のバケーションをポンと取って家族と過ごすのだ。ビジネス街も大抵はクリスマス付近から年末まで休みだし、学校だって休み。
オーストラリアもそうだけれど、南アフリカも、新学年が始まるのは1月から。だから師走は、ホントの意味での仕事/学業納めの月。日本程の盛り上がりは無いけれど、その分、スローでホントの意味でのバケーション&心の洗濯が出来るのが師走。
***
こんな風に、「所変われば品変わる」訳ですが、コレから先、ドコの国へ行っても、日本人らしく、大晦日には1年の事を振り返り、そしてお正月には心を新たに生きて行きたいと思っています。
つたない文章ですが、今年いっぱい読んで下さりありがとうございました。また新年より、心を新たに、色々な事を書いて行きたいと思っています。来年もヨロシクお願いいたします。
そして、
良いお年を!
くれぐれもお餅は良くかんで食べて下さいね。
Cheers!!
mika@シアトル
Saturday, December 1, 2007
Vol. 1 - No. 6
『GARDEN d'LIGHTS 2007』
クリスマスに次いで、もっとも気合いの入るイベント、『サンクスギビング』も終わり、街はすっかりクリスマス一色。以前住んでいた南カリフォルニアと違い、しっかりとした冬のあるシアトル。すごい寒い日は、やっぱりカリフォルニアの暖かい風に心ひかれるんだけれど、「やっぱりクリスマスは寒くなくっちゃ」。あの木枯らしの吹かれる中でコートに身を包んで、寒さに凛と済んだ中でひと際明るく輝くクリスマスのイルミネーションを見たら、「寒くても良いもん!」って気分になる。
でもね、やっぱりマンハッタンと比べると、シアトルの街のイルミネーションはチョットつまらない。ロッカフェラーセンターのクリスマスツリー&スケートリンクに勝るものは無いかも。
そんな中で、今年は、ヒョンな事から素敵なイルミネーションをウチの近くで見つけた。
***
サンクスギビング翌日のショッピングデー、『ブラックフライデー』は、毎年家に隠る事に決めている私たち。この日は、色々な店達が深夜、もしくは早朝(午前2時とか)からオープンし、破格の値段のセールを繰り広げる。
で、その名前、『ブラックフライデー』なのだが、その日には、どの店の売り上げも『黒字』になること、サンクスギビングの翌日は『金曜日』であることから『黒字の金曜日=BLACK FRIDAY』。
この日にクリスマスショッピングを済ませようと、すごいやる気で列に並ぶ人も多いのだけれど、元来、ショッピング嫌い、人ごみ嫌いの私らカップルには絶対に近寄りたく無いのが本音。大概のものは半値近くで買えるので、フラットスクリーンTVなどの高価なものを手に入れたい人にはうってつけなんだけれど、「それだったらTVなんていらない」って思うのが私たち。
***
上に書いた様な事情で、出来るだけ繁華街から遠ざかりたい私たち。でも、どこかへは出かけたい。ということで、ブレインストーミングをする事、数分。
「そういや、ベルビューに植物園があるって言ってた無かったっけ?」
ベルビューって言うのは、私たちが今住んでいるカークランドの隣町。車で約10分程の道のり。地図で調べてみると、大きめの公園群(公園が3つ程連なっている)の中にある。それに、ショッピング街とは丁度、反対方向。それも、普段から良く行き慣れたWHOLEFOODSからは、2分程の距離。
「ホントにあんなところに植物園なんてあるの?」
とクビを傾げながらも地図の通りに行ってみると、
確かにあった。
Bellevue Botanical Garden - 『ベルビュー植物園』
スッゴイ小さい植物園。でも、とても居心地が良い。西にあるワシントン湖から東のサマミッシュ湖をつなぐトレイルが植物園の中を走っている。子供の足でも充分に満喫出来る広さ。
で、中に入ってから目に入ったもの。
「あれ、あの植物、電気?」
そして周りを見渡すと...周りにもいっぱい。
植物園内の植物達の間に点在する電気で作られた植物達。でも、作りの一つ一つが精巧で、パッと見は普通の植物に見える。まるでディズニーのエレクトリカルパレードに出て来る植物達のミニチュアみたい。
「これって、いつ点灯するんやろう?」
と思って、調べてみると、この電気の植物がお目見えするのは、毎年、サンクスギビングの後から年末まで。そしてイベントの名前は『GARDEN d'LIGHT』。点灯は午後5時から午後9時30分の間。
この植物達は、毎年、ボランティアの人たちによってデザインされて作られるそう。基本的に入場は無料だけれど、寄付はどんどん受け付けていて、通り道に、寄付の箱が備え付けられている。パーキングは、植物園前のパーキングのみ有料で5ドル。でも、近くの公園の駐車場に車を停めて、夕食後のお散歩を楽しみながら歩き回るのもお勧めらしい。
この日、夕食後に戻ろうと思ったのだけれど、あまりにお腹いっぱい食べ過ぎて、すっかりレイジーになり、家に隠ってしまった私たち。次の晴れた夜には是非、見に行きたいところ。
お近くの方や、この時期シアトルへ訪れる予定のある方は、ぜひぜひ、足をお運びください。
ウェブサイトはコチラ:
http://www.bellevuebotanical.org/events/fmevents_gardendlights.htm
それでは、『教師も走る』12月に入りますが、1年最後まで楽しくお過ごしください。
私たちカップルは、「ホワイトクリスマスが好き」なぁんて言いながら、今年は相方の家族のいる南アフリカで『真夏のクリスマス』を過ごして来ます。
この次、皆さんにお会いするのは、大晦日。
あ〜、次に日本のお正月を体験出来る日はいつ来るのだろう〜。
Cheers!!
mika@シアトル
クリスマスに次いで、もっとも気合いの入るイベント、『サンクスギビング』も終わり、街はすっかりクリスマス一色。以前住んでいた南カリフォルニアと違い、しっかりとした冬のあるシアトル。すごい寒い日は、やっぱりカリフォルニアの暖かい風に心ひかれるんだけれど、「やっぱりクリスマスは寒くなくっちゃ」。あの木枯らしの吹かれる中でコートに身を包んで、寒さに凛と済んだ中でひと際明るく輝くクリスマスのイルミネーションを見たら、「寒くても良いもん!」って気分になる。
でもね、やっぱりマンハッタンと比べると、シアトルの街のイルミネーションはチョットつまらない。ロッカフェラーセンターのクリスマスツリー&スケートリンクに勝るものは無いかも。
そんな中で、今年は、ヒョンな事から素敵なイルミネーションをウチの近くで見つけた。
***
サンクスギビング翌日のショッピングデー、『ブラックフライデー』は、毎年家に隠る事に決めている私たち。この日は、色々な店達が深夜、もしくは早朝(午前2時とか)からオープンし、破格の値段のセールを繰り広げる。
で、その名前、『ブラックフライデー』なのだが、その日には、どの店の売り上げも『黒字』になること、サンクスギビングの翌日は『金曜日』であることから『黒字の金曜日=BLACK FRIDAY』。
この日にクリスマスショッピングを済ませようと、すごいやる気で列に並ぶ人も多いのだけれど、元来、ショッピング嫌い、人ごみ嫌いの私らカップルには絶対に近寄りたく無いのが本音。大概のものは半値近くで買えるので、フラットスクリーンTVなどの高価なものを手に入れたい人にはうってつけなんだけれど、「それだったらTVなんていらない」って思うのが私たち。
***
上に書いた様な事情で、出来るだけ繁華街から遠ざかりたい私たち。でも、どこかへは出かけたい。ということで、ブレインストーミングをする事、数分。
「そういや、ベルビューに植物園があるって言ってた無かったっけ?」
ベルビューって言うのは、私たちが今住んでいるカークランドの隣町。車で約10分程の道のり。地図で調べてみると、大きめの公園群(公園が3つ程連なっている)の中にある。それに、ショッピング街とは丁度、反対方向。それも、普段から良く行き慣れたWHOLEFOODSからは、2分程の距離。
「ホントにあんなところに植物園なんてあるの?」
とクビを傾げながらも地図の通りに行ってみると、
確かにあった。
Bellevue Botanical Garden - 『ベルビュー植物園』
スッゴイ小さい植物園。でも、とても居心地が良い。西にあるワシントン湖から東のサマミッシュ湖をつなぐトレイルが植物園の中を走っている。子供の足でも充分に満喫出来る広さ。
で、中に入ってから目に入ったもの。
「あれ、あの植物、電気?」
そして周りを見渡すと...周りにもいっぱい。
植物園内の植物達の間に点在する電気で作られた植物達。でも、作りの一つ一つが精巧で、パッと見は普通の植物に見える。まるでディズニーのエレクトリカルパレードに出て来る植物達のミニチュアみたい。
「これって、いつ点灯するんやろう?」
と思って、調べてみると、この電気の植物がお目見えするのは、毎年、サンクスギビングの後から年末まで。そしてイベントの名前は『GARDEN d'LIGHT』。点灯は午後5時から午後9時30分の間。
この植物達は、毎年、ボランティアの人たちによってデザインされて作られるそう。基本的に入場は無料だけれど、寄付はどんどん受け付けていて、通り道に、寄付の箱が備え付けられている。パーキングは、植物園前のパーキングのみ有料で5ドル。でも、近くの公園の駐車場に車を停めて、夕食後のお散歩を楽しみながら歩き回るのもお勧めらしい。
この日、夕食後に戻ろうと思ったのだけれど、あまりにお腹いっぱい食べ過ぎて、すっかりレイジーになり、家に隠ってしまった私たち。次の晴れた夜には是非、見に行きたいところ。
お近くの方や、この時期シアトルへ訪れる予定のある方は、ぜひぜひ、足をお運びください。
ウェブサイトはコチラ:
http://www.bellevuebotanical.org/events/fmevents_gardendlights.htm
それでは、『教師も走る』12月に入りますが、1年最後まで楽しくお過ごしください。
私たちカップルは、「ホワイトクリスマスが好き」なぁんて言いながら、今年は相方の家族のいる南アフリカで『真夏のクリスマス』を過ごして来ます。
この次、皆さんにお会いするのは、大晦日。
あ〜、次に日本のお正月を体験出来る日はいつ来るのだろう〜。
Cheers!!
mika@シアトル
Saturday, November 3, 2007
Vol. 1 - No. 5
『川に浮かぶアカ唐辛子とハロウィーン』
こんにちわ!
10月に入ってからめっきり寒くなり、そして、昨日は今年初のヒーター活躍。去年はこんなに寒かったかな?なぁんて思い返してみるも、全く覚えていないのが哀しいところ。
ちょうど、去年の今頃にシアトルへ引っ越して来て、1年。年をとるごとに1年経つのが早くなると言うけれど、ホント、最近それを痛感。毎日しっかり悔いの無い様に生きなくては。
では、今日は秋の風物詩について。
1. 紅葉
『秋の風物詩』と言えば、日本では、やっぱり紅葉、運動会、味覚狩り、焼き栗、焼き芋(?!)。
アメリカに来て数年は、ほぼ常夏の南カリフォルニアに住んでいたので、季節感は全く無し。でも、数年前にNYへ引っ越した時に、久々に『紅葉』を堪能。日本とは、種類も環境も少し違うので、紅葉も少し違った感じ。それでも、真っ赤に色づいた葉っぱ達を見ていると、心も洗われた気分になる。
アメリカの紅葉観測場所ベスト3は
1位 アスペン、コロラド
2位 キャッツキル、 NY
3位 コロンビアリバーゴージ オレゴン/ワシントン
らしい。
NYで感動した紅葉は、やはりキャッツキル周辺でみたもの。本当に、宝石箱を散りばめた様な壮大な紅葉だった。
で、今年は、3位に輝いてるコロンビアリバーゴージへ、先週末に行ってきた。
感想?
うーん、2位と3位の差って激しいかも。
コロンビアリバーはシアトルのあるワシントン州とオレゴン州の境を東西に流れる川。川沿いを西から東にひた走ると、短い時間の中で景色がドラマチックに変化して行く。山に緑の多い西側が、2時間も走ると、岩肌がゴツゴツとした渓谷へと姿を変える。その自然の地形の変化には、「奇跡」と言う言葉しか説明出来ない。
少し遠出だったけれど、本当に行って良かった。
だが、『紅葉』をメインに考えてみると、あんまり印象に無いって言うのが実際のところ。確かに葉の色は緑、アカ、黄色とバラエティーに飛んでいるのだが、どうも、あのキャッツキルで感じた感動とは程遠い。キャッツキルでの紅葉を楽しんだ翌年、日本でも紅葉を楽しんだ。だが、今回は、あんまり。
これは、あまりにも地形の変化に対する感動が大きかったからなのか?それとも、シアトル自体、緑が溢れる街だから、見慣れてしまったのか?ウーン、どうだったんだろう。
2. シアトルならでは?
紅葉には、あんまり感動しなかったものの、シアトルには、まだ別の秋の風物詩が。それは『ソックアイサーモン』の鑑賞。
この時期、産卵を控えた鮭のカップルは、海から、自分の生まれた川へと戻って来る。川の流れに反発しながら決死の思いで川を上り、そして、メスの鮭は卵を産んだら、その短い人生を終えて行く。そして雄の鮭も放精後、まもなく、その人生を終えて行く。
ソックアイも、同じ様に短い一生を辿るのだが、他の鮭との違いは、海から川に入ったところで色が変わると言う事。海の中でのソックアイは、銀色で、普通の魚とあまり変わりがない。それが海水から淡水に入ると、雄はアゴが発達し、歯もカギ状へと変化する。そしてメスも雄も淡水に入ったところで頭部は鮮やかな緑色へと変わり、そして頭部以下は鮮やかな赤色に変わる。
水中に漂う、その姿は、まさしくアカ唐辛子、そのものだ。
どれほど赤く変わるのか気になる方は、下のリンクをクリック。
http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Oncorhynchus_nerka_2.jpg
http://blog.kidiluk.com/uploaded_images/sockeye.jpg
3. そしてハロウィーン
日本でも、最近はハロウィーン熱が高まって来たと聞いているけれど、こちらアメリカはハロウィーンはホリデーなんじゃないかと言うくらいの高まり様。
ただ、シアトルでは、子供のいる家庭にいる限られた行事の様な気が。
LAにいる時も、マンハッタンにいる時も、ハロウィーンと言えば、見事なパレードがあった。特にマンハッタンのハロウィーンパレードは気合いの入り様が違う。アメリカに来てからの最初の7回のハロウィーンを、そういう地域で過ごして来ていたから、大人の仮装熱も高かった。
だが、シアトル。
普通の日だった。
実際、仮装した子供達すら、家の近辺では見かけなかった。
ニュースで「ハロウィーンでもらってくるキャンディーの総カロリーは?」なぁんてやってたからかな?
それとも幼児に対する犯罪が増えてるからかな?
ハロウィーンの日のニュースでは、「キャンディーを貰いに行って良い家、良く無い家」特集をやっていた。何やらセックスオフェンダーとして登録されている人のいる家は、ハロウィーンの飾り厳禁で、また玄関に『No candy』という貼り紙が義務づけられているらしい。
子供のいない我が家には、やってくる子供/大人はいなかった。ま、確かにハロウィーンの飾り付けはやってなかったし。でも、ウチのご近所さん、だぁれも飾り付けはしてなかった。下の階には小さい子も住んでるんだけどな。
やっぱり、ハロウィーンは、子供のいる『住宅地』だけのものなのか?
フム、いつか子供を授かった日には、この仮装競争に参戦したいところ。皆さんも、来年のハロウィーンは仮装熱にかかってみるってどうですか?
それでは、そろそろ冬も近づき、体調を崩しやすい季節ですが、健康に気をつけて楽しんで下さいまし。
Cheers!!
mika@シアトル
こんにちわ!
10月に入ってからめっきり寒くなり、そして、昨日は今年初のヒーター活躍。去年はこんなに寒かったかな?なぁんて思い返してみるも、全く覚えていないのが哀しいところ。
ちょうど、去年の今頃にシアトルへ引っ越して来て、1年。年をとるごとに1年経つのが早くなると言うけれど、ホント、最近それを痛感。毎日しっかり悔いの無い様に生きなくては。
では、今日は秋の風物詩について。
1. 紅葉
『秋の風物詩』と言えば、日本では、やっぱり紅葉、運動会、味覚狩り、焼き栗、焼き芋(?!)。
アメリカに来て数年は、ほぼ常夏の南カリフォルニアに住んでいたので、季節感は全く無し。でも、数年前にNYへ引っ越した時に、久々に『紅葉』を堪能。日本とは、種類も環境も少し違うので、紅葉も少し違った感じ。それでも、真っ赤に色づいた葉っぱ達を見ていると、心も洗われた気分になる。
アメリカの紅葉観測場所ベスト3は
1位 アスペン、コロラド
2位 キャッツキル、 NY
3位 コロンビアリバーゴージ オレゴン/ワシントン
らしい。
NYで感動した紅葉は、やはりキャッツキル周辺でみたもの。本当に、宝石箱を散りばめた様な壮大な紅葉だった。
で、今年は、3位に輝いてるコロンビアリバーゴージへ、先週末に行ってきた。
感想?
うーん、2位と3位の差って激しいかも。
コロンビアリバーはシアトルのあるワシントン州とオレゴン州の境を東西に流れる川。川沿いを西から東にひた走ると、短い時間の中で景色がドラマチックに変化して行く。山に緑の多い西側が、2時間も走ると、岩肌がゴツゴツとした渓谷へと姿を変える。その自然の地形の変化には、「奇跡」と言う言葉しか説明出来ない。
少し遠出だったけれど、本当に行って良かった。
だが、『紅葉』をメインに考えてみると、あんまり印象に無いって言うのが実際のところ。確かに葉の色は緑、アカ、黄色とバラエティーに飛んでいるのだが、どうも、あのキャッツキルで感じた感動とは程遠い。キャッツキルでの紅葉を楽しんだ翌年、日本でも紅葉を楽しんだ。だが、今回は、あんまり。
これは、あまりにも地形の変化に対する感動が大きかったからなのか?それとも、シアトル自体、緑が溢れる街だから、見慣れてしまったのか?ウーン、どうだったんだろう。
2. シアトルならでは?
紅葉には、あんまり感動しなかったものの、シアトルには、まだ別の秋の風物詩が。それは『ソックアイサーモン』の鑑賞。
この時期、産卵を控えた鮭のカップルは、海から、自分の生まれた川へと戻って来る。川の流れに反発しながら決死の思いで川を上り、そして、メスの鮭は卵を産んだら、その短い人生を終えて行く。そして雄の鮭も放精後、まもなく、その人生を終えて行く。
ソックアイも、同じ様に短い一生を辿るのだが、他の鮭との違いは、海から川に入ったところで色が変わると言う事。海の中でのソックアイは、銀色で、普通の魚とあまり変わりがない。それが海水から淡水に入ると、雄はアゴが発達し、歯もカギ状へと変化する。そしてメスも雄も淡水に入ったところで頭部は鮮やかな緑色へと変わり、そして頭部以下は鮮やかな赤色に変わる。
水中に漂う、その姿は、まさしくアカ唐辛子、そのものだ。
どれほど赤く変わるのか気になる方は、下のリンクをクリック。
http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Oncorhynchus_nerka_2.jpg
http://blog.kidiluk.com/uploaded_images/sockeye.jpg
3. そしてハロウィーン
日本でも、最近はハロウィーン熱が高まって来たと聞いているけれど、こちらアメリカはハロウィーンはホリデーなんじゃないかと言うくらいの高まり様。
ただ、シアトルでは、子供のいる家庭にいる限られた行事の様な気が。
LAにいる時も、マンハッタンにいる時も、ハロウィーンと言えば、見事なパレードがあった。特にマンハッタンのハロウィーンパレードは気合いの入り様が違う。アメリカに来てからの最初の7回のハロウィーンを、そういう地域で過ごして来ていたから、大人の仮装熱も高かった。
だが、シアトル。
普通の日だった。
実際、仮装した子供達すら、家の近辺では見かけなかった。
ニュースで「ハロウィーンでもらってくるキャンディーの総カロリーは?」なぁんてやってたからかな?
それとも幼児に対する犯罪が増えてるからかな?
ハロウィーンの日のニュースでは、「キャンディーを貰いに行って良い家、良く無い家」特集をやっていた。何やらセックスオフェンダーとして登録されている人のいる家は、ハロウィーンの飾り厳禁で、また玄関に『No candy』という貼り紙が義務づけられているらしい。
子供のいない我が家には、やってくる子供/大人はいなかった。ま、確かにハロウィーンの飾り付けはやってなかったし。でも、ウチのご近所さん、だぁれも飾り付けはしてなかった。下の階には小さい子も住んでるんだけどな。
やっぱり、ハロウィーンは、子供のいる『住宅地』だけのものなのか?
フム、いつか子供を授かった日には、この仮装競争に参戦したいところ。皆さんも、来年のハロウィーンは仮装熱にかかってみるってどうですか?
それでは、そろそろ冬も近づき、体調を崩しやすい季節ですが、健康に気をつけて楽しんで下さいまし。
Cheers!!
mika@シアトル
Wednesday, October 3, 2007
Vol. 1 - No. 4
『シアトルって大都会?!』
1. 田舎?
LAからNYに越したときは気づかなかった事。でもマンハッタンからNJに越した時に気づいた事。それは、アメリカの大半は『田舎』だと言う事。
NJからシアトルに引っ越すときは、それでも『都会』へ引っ越す気分で引っ越した。周りの友人が、口を酸っぱくして「シアトルは田舎だよ〜」って言ってたけれど、「NJに比べれば、全然、都会っ」って思ってたけれど、ここ最近になって気づいた。
実は、違うらしい。
2. NJの場合
アメリカの政治の事をご存知の方は、もう知ってらっしゃると思うけれど、海に面している州は、『民主党派』、そして内陸の州は『共和党派』の場合が多い。それは、日本でも農耕政策に強い政治家は、農耕産業が盛んな地区で人気がある、というのと同じ事。海岸沿いに住むか、内陸に住むかで、人の考え方は違って来る。というのもニーズが違うので当たり前な話。
NJに引っ越した時、私の住んだフォートリーのあるベルゲン郡は、昔の禁酒法時代の労働法である『ブルーロー』が未だに施行されていた。これは、日曜日はショッピングなどに行かず、家族で過ごしなさい、と限られた店舗以外は営業してはイケナイと言う法律。マンハッタンから川を一本隔てただけで、街を歩く人も、グッとサイズアップを図り、結構、落ち込んだ。
プラスで、道路標識は分かり難いわ、道路マナーは無いに等しいわ、で、かなりイライラとした日を過ごしました。って言うのも、相手を考えないで運転する人が多いんですね。例えば、左車線から右折したり、とか。NYほどクラクションを鳴らすって事は無く、『お行儀面』で言えば、お行儀は良いんだけれど、作法は知らんって感じでしょうか。そして日曜に店が閉まるので、土曜は、買い物客でメインの道路は大渋滞。ってね、大体、メインの道路に直接ショッピングモールの駐車場の入り口があるって言うのが、おかしいの。例えば80キロ近くでみんな走ってるのに、突然、駐車場の入り口付近は徐行になる訳。そりゃ、危険な訳だ。
3. シアトルは?
シアトルは、NJと違って、海に面した街。そしてアカデミックな街としても有名だし、神戸出身の私としては、姉妹都市と言うひいき目もあるし、それに加えて『シアトルマリナーズ』の存在で、すっかり『大都会』ってイメージで引っ越して来た。
最初に書いた通り、LAから3年程前にシアトルへ引っ越して来た友達は、事有るごとに「田舎だからさ」って愚痴ってたけれど、街に点在するアートの数々や、自然美にすっかり魅了されてた私は、「え〜、そんな事無いやん」って思ってた。
でもね〜、いくらアートが沢山あっても、自然美があっても、この街は『大都会』では無いんだなぁ。
4. 『大都会』で無い理由
まずは、信号。あのねぇ、シアトルの信号は、とっても親切です。でも、親切過ぎてお節介。日本でも『時差式信号』ってあるじゃないですか?シアトルは、ホントに色んな所にあります。交通量の多い地域の場合、これは結構役立つシステム。でも、交通量が少ない所だと、ただの時間の無駄なんです。だってね、車も人もいない道で、いつまでもひたすら、自分の番が車で待たないとイケナイの。で、また信号も迅速に変わらないから渋滞を引き起こすし。シアトルの渋滞は、半端無いです。LAと比べても、シアトルはひどい。
そして、リズムに乗って運転出来ない人が多い。高速の合流なんて、ホントに、日本の、特に大阪環状線からしたら考えられないスローさ。日本と違うのは、みんな合流させてあげるから、いちいち止まる。そして相手がしっかり止まってからじゃないと、合流出来ない。
渋滞中はスピードがユックリになったり、早くなったり、するじゃないですか?なぜかシアトルは、突然、時速70キロペースで走り出したかと思うと、30メートル先で突然時速5キロに落ちて、で、また15メートル程行くと、今度は時速50キロペースになったり。運転していて、自分で酔ってしまいそう。
そしてシアトルは、住人の意見が大切にする事で有名。議会で話し合っても、完璧に投票で差がつかないと、差がつくまで話し合います。例えば、ある事案を会議で話して、投票する事になったとします。そして投票結果が僅差の場合、結局、その事について、話し合いが為されます。
一見、良いシステムなんだけど、次の投票が1年先、と言う事も多く、一歩も前に進まないまま10年経過、なんて事も。そんなだから、もう20年くらい前に完成していてもおかしく無いシアトルダウンタウンのモノレール、未だに開通せず。
そしてレストラン。高いっ。LAでもNYでも、安い店を探すのは簡単だったんだけれど、NJもシアトルも、どこへ行っても高い。例えば、LAでは、6ドルも出せば美味しいタイ料理を食べられたけれど、こちらは少なくても9ドルって感じ。メキシカンでも10ドル出せば余裕で食べられたのに、こちらでは15ドルくらい平気でかかる。
ブツブツ...
+++++
フフ、文句は言い出せばキリのないもの。難をあげ始めたら、ホントにいっぱいあるシアトル。ところが、それでも、広大さ。四季のもたらす自然の美しさ。アートとクラフトが溢れる街並み。そう言う事を考えると、生活するには良い所だなぁ、と思うのです。
でも、シアトルは絶対に『大都会』では無いね(笑)
+++++
それでは、天高く馬も肥ゆる秋!それぞれに楽しんで下さいまし。
Cheers!!
mika@シアトル
1. 田舎?
LAからNYに越したときは気づかなかった事。でもマンハッタンからNJに越した時に気づいた事。それは、アメリカの大半は『田舎』だと言う事。
NJからシアトルに引っ越すときは、それでも『都会』へ引っ越す気分で引っ越した。周りの友人が、口を酸っぱくして「シアトルは田舎だよ〜」って言ってたけれど、「NJに比べれば、全然、都会っ」って思ってたけれど、ここ最近になって気づいた。
実は、違うらしい。
2. NJの場合
アメリカの政治の事をご存知の方は、もう知ってらっしゃると思うけれど、海に面している州は、『民主党派』、そして内陸の州は『共和党派』の場合が多い。それは、日本でも農耕政策に強い政治家は、農耕産業が盛んな地区で人気がある、というのと同じ事。海岸沿いに住むか、内陸に住むかで、人の考え方は違って来る。というのもニーズが違うので当たり前な話。
NJに引っ越した時、私の住んだフォートリーのあるベルゲン郡は、昔の禁酒法時代の労働法である『ブルーロー』が未だに施行されていた。これは、日曜日はショッピングなどに行かず、家族で過ごしなさい、と限られた店舗以外は営業してはイケナイと言う法律。マンハッタンから川を一本隔てただけで、街を歩く人も、グッとサイズアップを図り、結構、落ち込んだ。
プラスで、道路標識は分かり難いわ、道路マナーは無いに等しいわ、で、かなりイライラとした日を過ごしました。って言うのも、相手を考えないで運転する人が多いんですね。例えば、左車線から右折したり、とか。NYほどクラクションを鳴らすって事は無く、『お行儀面』で言えば、お行儀は良いんだけれど、作法は知らんって感じでしょうか。そして日曜に店が閉まるので、土曜は、買い物客でメインの道路は大渋滞。ってね、大体、メインの道路に直接ショッピングモールの駐車場の入り口があるって言うのが、おかしいの。例えば80キロ近くでみんな走ってるのに、突然、駐車場の入り口付近は徐行になる訳。そりゃ、危険な訳だ。
3. シアトルは?
シアトルは、NJと違って、海に面した街。そしてアカデミックな街としても有名だし、神戸出身の私としては、姉妹都市と言うひいき目もあるし、それに加えて『シアトルマリナーズ』の存在で、すっかり『大都会』ってイメージで引っ越して来た。
最初に書いた通り、LAから3年程前にシアトルへ引っ越して来た友達は、事有るごとに「田舎だからさ」って愚痴ってたけれど、街に点在するアートの数々や、自然美にすっかり魅了されてた私は、「え〜、そんな事無いやん」って思ってた。
でもね〜、いくらアートが沢山あっても、自然美があっても、この街は『大都会』では無いんだなぁ。
4. 『大都会』で無い理由
まずは、信号。あのねぇ、シアトルの信号は、とっても親切です。でも、親切過ぎてお節介。日本でも『時差式信号』ってあるじゃないですか?シアトルは、ホントに色んな所にあります。交通量の多い地域の場合、これは結構役立つシステム。でも、交通量が少ない所だと、ただの時間の無駄なんです。だってね、車も人もいない道で、いつまでもひたすら、自分の番が車で待たないとイケナイの。で、また信号も迅速に変わらないから渋滞を引き起こすし。シアトルの渋滞は、半端無いです。LAと比べても、シアトルはひどい。
そして、リズムに乗って運転出来ない人が多い。高速の合流なんて、ホントに、日本の、特に大阪環状線からしたら考えられないスローさ。日本と違うのは、みんな合流させてあげるから、いちいち止まる。そして相手がしっかり止まってからじゃないと、合流出来ない。
渋滞中はスピードがユックリになったり、早くなったり、するじゃないですか?なぜかシアトルは、突然、時速70キロペースで走り出したかと思うと、30メートル先で突然時速5キロに落ちて、で、また15メートル程行くと、今度は時速50キロペースになったり。運転していて、自分で酔ってしまいそう。
そしてシアトルは、住人の意見が大切にする事で有名。議会で話し合っても、完璧に投票で差がつかないと、差がつくまで話し合います。例えば、ある事案を会議で話して、投票する事になったとします。そして投票結果が僅差の場合、結局、その事について、話し合いが為されます。
一見、良いシステムなんだけど、次の投票が1年先、と言う事も多く、一歩も前に進まないまま10年経過、なんて事も。そんなだから、もう20年くらい前に完成していてもおかしく無いシアトルダウンタウンのモノレール、未だに開通せず。
そしてレストラン。高いっ。LAでもNYでも、安い店を探すのは簡単だったんだけれど、NJもシアトルも、どこへ行っても高い。例えば、LAでは、6ドルも出せば美味しいタイ料理を食べられたけれど、こちらは少なくても9ドルって感じ。メキシカンでも10ドル出せば余裕で食べられたのに、こちらでは15ドルくらい平気でかかる。
ブツブツ...
+++++
フフ、文句は言い出せばキリのないもの。難をあげ始めたら、ホントにいっぱいあるシアトル。ところが、それでも、広大さ。四季のもたらす自然の美しさ。アートとクラフトが溢れる街並み。そう言う事を考えると、生活するには良い所だなぁ、と思うのです。
でも、シアトルは絶対に『大都会』では無いね(笑)
+++++
それでは、天高く馬も肥ゆる秋!それぞれに楽しんで下さいまし。
Cheers!!
mika@シアトル
Friday, August 31, 2007
Vol. 1 - No. 3
『ブタがいっぱい』
1. 発見
去年の11月に、初めて辿り着いたシアトル。毎日の様に観光客のお決まりコースを相方と一緒に散策していた時に見つけたもの。それは、空き店舗になっている空間に所狭しと陳列されたブタ。「何コレ?」と好奇心が募る。
「シアトルってブタの街」?
バンクーバーを訪れた時に、ダウンタウンのあちこちに綺麗にペイントを施された熊の像を見かけたけれど、シアトルは対抗してブタ????
もちろん、ブタって言ったって、本物のブタじゃないんだけど、あの誰もが一度は目にした事がある、「ブタの貯金箱」を等身大よりチト大きくした位のブタなの。それにカラフルなペイントが施されてあって、とてもキュートな物ばかり。
その空き店舗の前には「ブタのパレードが帰って来ます!」とのサイン。
その後、先にシアトルに引っ越して来ていた友達夫妻に聞いてみても「わからない」との事。彼らはブタの置物を昔から収集している程のブタ好きなので、彼らに聞いても分からないならば、誰に聞いても分からないな、と思いながら次第に忘れ去って行った。
2. 再発見
今年に入ったある日、ダウンタウンまで出かけた時に見たもの。
それは至る所に配置された、カラフルなブタ達。一気に去年見た光景を思い出す。「あ、本当に帰って来たんだ」と。
銀行の前にはお金のマークが入ったブタ、ジュエリーショップの前には、綺麗に化粧を施され、ジュエリーをガチャガチャ施されたブタ、シアトルのダウンタウンはブタ一色。何コレ、何?
今回はさすがに気になって、コンピューターでリサーチをしてみた。
3. レイチェル
それはパイクプレイスマーケットの100周年を記念して、マーケットの守護神(?)のような存在であるレイチェルを捩ったものだった。
「レイチェル? レイチェルって誰?」
パイクプレイスマーケットの表玄関として絵はがきにも良く登場するコーナー。そこに置かれている黄金色の大きいサイズのブタの貯金箱、その名もレイチェル。
今では、シアトル一の観光客のメッカとしてしられている、パイクプレイスマーケットも1971年には廃止の危機に追いつめられていた。しかしシアトルの住民達が立ち上がり、それぞれがブタの貯金箱で貯めたお金を持ち寄ればマーケットを救えるはず、と、『マーケットの存続』に票を入れた。そこで、地元の彫刻家がデザインしたのが、この黄金のブタ、レイチェルだったのだ。
レイチェルが集めたお金は、12万ドルを超え、パイクプレイスマーケットだけでなく、シアトルに住む恵まれない子供達の学用品、食料も賄った。
4. ブタのパレード
初めてレイチェルの分身のブタがシアトルに登場したのは、今から6年前の2001年の事。シアトルの街の復興に、パイクマーケットを救ったレイチェルの力を借りようと、内外のアーティスト達と協力して分身が作られ、街の至る所に配置された。
その後は、しばらくお蔵入りしていたのだけれど、今年、パイクプレイスマーケットの100歳記念に、またもやブタのパレードが再現されたのだ。今回は、100歳にちなんで100匹の分身が街中に出現。そして折しも今年はイノシシ年。英語では「year of pig (ブタの年)」と言われている。
そんな訳で、只今、シアトルにはブタがいっぱい。
今年、シアトルへ来られる予定のある方は、何匹見つけられるかトライしてみて。オフィシャルのウェブサイトには、配置場所の地図がついています。
ブタのパレード2007 オフィシャルサイトは、
http://pigsonparade.org/index.php
Cheers!!
mika@シアトル
1. 発見
去年の11月に、初めて辿り着いたシアトル。毎日の様に観光客のお決まりコースを相方と一緒に散策していた時に見つけたもの。それは、空き店舗になっている空間に所狭しと陳列されたブタ。「何コレ?」と好奇心が募る。
「シアトルってブタの街」?
バンクーバーを訪れた時に、ダウンタウンのあちこちに綺麗にペイントを施された熊の像を見かけたけれど、シアトルは対抗してブタ????
もちろん、ブタって言ったって、本物のブタじゃないんだけど、あの誰もが一度は目にした事がある、「ブタの貯金箱」を等身大よりチト大きくした位のブタなの。それにカラフルなペイントが施されてあって、とてもキュートな物ばかり。
その空き店舗の前には「ブタのパレードが帰って来ます!」とのサイン。
その後、先にシアトルに引っ越して来ていた友達夫妻に聞いてみても「わからない」との事。彼らはブタの置物を昔から収集している程のブタ好きなので、彼らに聞いても分からないならば、誰に聞いても分からないな、と思いながら次第に忘れ去って行った。
2. 再発見
今年に入ったある日、ダウンタウンまで出かけた時に見たもの。
それは至る所に配置された、カラフルなブタ達。一気に去年見た光景を思い出す。「あ、本当に帰って来たんだ」と。
銀行の前にはお金のマークが入ったブタ、ジュエリーショップの前には、綺麗に化粧を施され、ジュエリーをガチャガチャ施されたブタ、シアトルのダウンタウンはブタ一色。何コレ、何?
今回はさすがに気になって、コンピューターでリサーチをしてみた。
3. レイチェル
それはパイクプレイスマーケットの100周年を記念して、マーケットの守護神(?)のような存在であるレイチェルを捩ったものだった。
「レイチェル? レイチェルって誰?」
パイクプレイスマーケットの表玄関として絵はがきにも良く登場するコーナー。そこに置かれている黄金色の大きいサイズのブタの貯金箱、その名もレイチェル。
今では、シアトル一の観光客のメッカとしてしられている、パイクプレイスマーケットも1971年には廃止の危機に追いつめられていた。しかしシアトルの住民達が立ち上がり、それぞれがブタの貯金箱で貯めたお金を持ち寄ればマーケットを救えるはず、と、『マーケットの存続』に票を入れた。そこで、地元の彫刻家がデザインしたのが、この黄金のブタ、レイチェルだったのだ。
レイチェルが集めたお金は、12万ドルを超え、パイクプレイスマーケットだけでなく、シアトルに住む恵まれない子供達の学用品、食料も賄った。
4. ブタのパレード
初めてレイチェルの分身のブタがシアトルに登場したのは、今から6年前の2001年の事。シアトルの街の復興に、パイクマーケットを救ったレイチェルの力を借りようと、内外のアーティスト達と協力して分身が作られ、街の至る所に配置された。
その後は、しばらくお蔵入りしていたのだけれど、今年、パイクプレイスマーケットの100歳記念に、またもやブタのパレードが再現されたのだ。今回は、100歳にちなんで100匹の分身が街中に出現。そして折しも今年はイノシシ年。英語では「year of pig (ブタの年)」と言われている。
そんな訳で、只今、シアトルにはブタがいっぱい。
今年、シアトルへ来られる予定のある方は、何匹見つけられるかトライしてみて。オフィシャルのウェブサイトには、配置場所の地図がついています。
ブタのパレード2007 オフィシャルサイトは、
http://pigsonparade.org/index.php
Cheers!!
mika@シアトル
Wednesday, August 1, 2007
Vol. 1 - No. 2
『所変われば、品変わる』
今年は、私がアメリカに住み着くようになってから8年目。その8年間の
間に引っ越した数5回。ハリウッドに始まり、サンタモニカへ向かい、
そこから大陸を横断し、マンハッタン。生活費の高騰にNJはフォートリー
という街に移り、そして再度大陸を超えてシアトルへ。そしてシアトル
市内の値段の高さに驚いて、今度は湖を隔てたカークランドに落ち着いた。
1. 西海岸から東海岸
最初に降り立ったのは映画の都「ハリウッド」。その頃は、なんちゃって
ダンサーだったので、ダンススタジオの近く、ということでハリウッドに
住居を構えた。
そして、その後に移ったのは、「サンタモニカ」。古いかもしれないけれ
ど、サンタモニカで思い出すのは、やはり桜田淳子さん。「来て〜、来て、
サンタモニカ〜」。サンタモニカの街にはデザイン関連の会社がヒジョー
に多い。うちの会社も、隣がシルクスクリーンのスタジオで、後ろが印刷
会社。そして反対の隣はタレントエージェントだった。
どちらの街も冬には気温が下がるのだけれど、それでも『常夏』と言って
も過言じゃない街。スパゲティーストラップのヘソだしトップにボディー
コンシャスなボトムス。へそピアスは定番で、タトゥーを入れている人、
数知れず。どちらかと言うと、少し「naughty系/不良っぽい系(笑)」
のファッションが定番の街。
で、定時で働いている人が少ない街でもある。ダンサー兼グラフィックデ
ザイナーとして食べていた私だが、周りには「自称」タレント、「自称」
ライター、「自称」映画監督と「自称」のつく人が多くって、そんな彼ら
にとってはコネクション探しがメインの仕事になってくる。日中夜問わず
(早朝は除く)、ビーチも街も人がいっぱい。自分の事はさておいて「コ
イツら、いつ働くんだろう」と良く思ったモノだった。
そしてその後に移ったマンハッタン。マンハッタンは、もっともっと日本
のビジネス街を彷彿させる。会社に行くのも、スマートカジュアルが定番。
ウェブやビデオなどのマルチメディア系の仕事が多かったLA辺りに比べる
と、断然プリント、出版ものの多い街。金融系などの固いデザインの仕事
も多かった。ギャラも良いし、仕事量も多い。それに加えて、人々もLAと
比べるとストレスレベルが高いのか、声を荒げる人が多かった。「パワー
スーツ」という言葉が生きる街。そして働き者も多かった。マンハッタン
程、都会とオアシスが一体化した街はないと思う。高層ビルのジャングル
のど真ん中にあるセントラルパーク。かつては危ない地区だったけれど、
今ではすっかり悪評も消え、朝から晩まで人で賑わっている。
その後に移ったフォートリーは、マンハッタンで働く人たちに取っての
ベッドタウン。ハドソンリバーを挟んだだけで、一気に都会から田舎になる。
ナイトライフは皆無に等しく、その上、通勤に時間がかかるので朝が早く、
夜も早くにお開きになる。フォートリーのあるバーゲン郡は、昔の禁酒法
時代から生きている「ブルーロー」なる法律があり、日曜日には薬局と
スーパーマーケットを除き、すべてのビジネスが閉店する。確かに子供連れ
に取っては、教育レベルも高いし、犯罪レベルも低くいので理想的な土地だ
けど、DINKS(double-income no kids)な私たちには、チト住みにくい街で
あった。
2. そして太平洋北西部
シアトルータコマ空港に初めて降り立った時に感想は、『アーティーな街』
というものだった。それまでNY近郊に住んでいた私たちはNYこそがアメリカ
で最も芸術的な街だと信じていたから、シアトルータコマ空港のインテリア
を見て、正直驚いた。この空港には個性がある。学校に例えると、「美術室」
に足を踏み入れた一瞬と似ていた。
実際、街のあらゆるところに彫刻やオブジェがさり気なく置かれている。店
のインテリアなども趣向が凝らされており、自己主張をしている店がとても
多い。ホームレスの人々でさえ、自己主張がされている。シアトルのダウン
タウンの乞食の数は半端無い。それも、かなり若者が多いのだ。そして圧倒
的に白人が多いのも、不思議。NYやLAでもホームレスや乞食の人は見かけた
けれど、そのほとんどは、年を取っていたり、病気であったり、と「仕事が
出来ない人」のように見受けられた。しかし、シアトルのダウンタウンは違
うのだ。とっても健康的な若者がお金をねだって来るのだ。これには、越し
て来て半年経った今も、まだ慣れない。
しかし、それも、湖を渡りイーストサイドに渡ると、まったく見かけない光
景となる。住人の半数以上はマイクロソフトやボーイングの従業員となり、
ほとんどの家庭が大学卒で収入も少なくはない。だからなのか、週末になる
とクラシックカーショーや、アートショーが頻繁に開かれる。この週末も、
3つのアートショーが一堂に会し、アメリカ各地からのアーティストで賑わ
った。5000ドルくらいもするアートが、ポンポンと売れて行くのだ。
こんな街だから、グラフィックデザイナーを職業とする私には向いていると
思ったけれど、実際は少し違う。至る所にアートは散らばっているのだが、
この街ではグラフィックデザイナー稼業はあまりお金にならない。というの
もマスマーケットが無いからなのだ。大企業は、「誰にでも好かれる」ルッ
クを望む。でも「誰にでも好かれる」ルックは得てして『無難な物』である
事が多い。そして、この辺りでは、『無難な物』はいらないのだ。NYで働い
ていた頃は、毎日膨大な量の仕事を片づける為に、次から次と作品を作って
行った。しかし振り返ってみると、いつの間にかアーティストの心をどこか
にしまって仕事をしていたような気がする。自分が気に食わない作品でも、
クライアントが気に入っているから商品化したりしていた。『悪魔に魂を売
った』状態だったのだと思う。
こちらに移って来て良かった事。それは、そういう自分に気づいた事。とり
あえずは、自分の手で何かを作り上げようと、この街に来て陶芸を始めた。
まだまだ試行錯誤中だけれど、「モノ作り」の楽しさをジワジワと噛み締め
ている。
LAもNYも魅力的な街。しかし、私は、そのエネルギッシュな街に住んでいる
事に依って満足してしまっていたような気がする。そうして考えてみると、
ナイトライフは物足りないけれど、ダンスレッスンも簡単には受けられない
けれど、それでも、ココ太平洋北西部が私に取っては人生を考える絶好の街
のような気がして来た。
今までずっと、ジプシー生活を送って来た私らカップルが定住の地を見つけ
る日も近いのかも。
Cheers!!
mika@シアトル
今年は、私がアメリカに住み着くようになってから8年目。その8年間の
間に引っ越した数5回。ハリウッドに始まり、サンタモニカへ向かい、
そこから大陸を横断し、マンハッタン。生活費の高騰にNJはフォートリー
という街に移り、そして再度大陸を超えてシアトルへ。そしてシアトル
市内の値段の高さに驚いて、今度は湖を隔てたカークランドに落ち着いた。
1. 西海岸から東海岸
最初に降り立ったのは映画の都「ハリウッド」。その頃は、なんちゃって
ダンサーだったので、ダンススタジオの近く、ということでハリウッドに
住居を構えた。
そして、その後に移ったのは、「サンタモニカ」。古いかもしれないけれ
ど、サンタモニカで思い出すのは、やはり桜田淳子さん。「来て〜、来て、
サンタモニカ〜」。サンタモニカの街にはデザイン関連の会社がヒジョー
に多い。うちの会社も、隣がシルクスクリーンのスタジオで、後ろが印刷
会社。そして反対の隣はタレントエージェントだった。
どちらの街も冬には気温が下がるのだけれど、それでも『常夏』と言って
も過言じゃない街。スパゲティーストラップのヘソだしトップにボディー
コンシャスなボトムス。へそピアスは定番で、タトゥーを入れている人、
数知れず。どちらかと言うと、少し「naughty系/不良っぽい系(笑)」
のファッションが定番の街。
で、定時で働いている人が少ない街でもある。ダンサー兼グラフィックデ
ザイナーとして食べていた私だが、周りには「自称」タレント、「自称」
ライター、「自称」映画監督と「自称」のつく人が多くって、そんな彼ら
にとってはコネクション探しがメインの仕事になってくる。日中夜問わず
(早朝は除く)、ビーチも街も人がいっぱい。自分の事はさておいて「コ
イツら、いつ働くんだろう」と良く思ったモノだった。
そしてその後に移ったマンハッタン。マンハッタンは、もっともっと日本
のビジネス街を彷彿させる。会社に行くのも、スマートカジュアルが定番。
ウェブやビデオなどのマルチメディア系の仕事が多かったLA辺りに比べる
と、断然プリント、出版ものの多い街。金融系などの固いデザインの仕事
も多かった。ギャラも良いし、仕事量も多い。それに加えて、人々もLAと
比べるとストレスレベルが高いのか、声を荒げる人が多かった。「パワー
スーツ」という言葉が生きる街。そして働き者も多かった。マンハッタン
程、都会とオアシスが一体化した街はないと思う。高層ビルのジャングル
のど真ん中にあるセントラルパーク。かつては危ない地区だったけれど、
今ではすっかり悪評も消え、朝から晩まで人で賑わっている。
その後に移ったフォートリーは、マンハッタンで働く人たちに取っての
ベッドタウン。ハドソンリバーを挟んだだけで、一気に都会から田舎になる。
ナイトライフは皆無に等しく、その上、通勤に時間がかかるので朝が早く、
夜も早くにお開きになる。フォートリーのあるバーゲン郡は、昔の禁酒法
時代から生きている「ブルーロー」なる法律があり、日曜日には薬局と
スーパーマーケットを除き、すべてのビジネスが閉店する。確かに子供連れ
に取っては、教育レベルも高いし、犯罪レベルも低くいので理想的な土地だ
けど、DINKS(double-income no kids)な私たちには、チト住みにくい街で
あった。
2. そして太平洋北西部
シアトルータコマ空港に初めて降り立った時に感想は、『アーティーな街』
というものだった。それまでNY近郊に住んでいた私たちはNYこそがアメリカ
で最も芸術的な街だと信じていたから、シアトルータコマ空港のインテリア
を見て、正直驚いた。この空港には個性がある。学校に例えると、「美術室」
に足を踏み入れた一瞬と似ていた。
実際、街のあらゆるところに彫刻やオブジェがさり気なく置かれている。店
のインテリアなども趣向が凝らされており、自己主張をしている店がとても
多い。ホームレスの人々でさえ、自己主張がされている。シアトルのダウン
タウンの乞食の数は半端無い。それも、かなり若者が多いのだ。そして圧倒
的に白人が多いのも、不思議。NYやLAでもホームレスや乞食の人は見かけた
けれど、そのほとんどは、年を取っていたり、病気であったり、と「仕事が
出来ない人」のように見受けられた。しかし、シアトルのダウンタウンは違
うのだ。とっても健康的な若者がお金をねだって来るのだ。これには、越し
て来て半年経った今も、まだ慣れない。
しかし、それも、湖を渡りイーストサイドに渡ると、まったく見かけない光
景となる。住人の半数以上はマイクロソフトやボーイングの従業員となり、
ほとんどの家庭が大学卒で収入も少なくはない。だからなのか、週末になる
とクラシックカーショーや、アートショーが頻繁に開かれる。この週末も、
3つのアートショーが一堂に会し、アメリカ各地からのアーティストで賑わ
った。5000ドルくらいもするアートが、ポンポンと売れて行くのだ。
こんな街だから、グラフィックデザイナーを職業とする私には向いていると
思ったけれど、実際は少し違う。至る所にアートは散らばっているのだが、
この街ではグラフィックデザイナー稼業はあまりお金にならない。というの
もマスマーケットが無いからなのだ。大企業は、「誰にでも好かれる」ルッ
クを望む。でも「誰にでも好かれる」ルックは得てして『無難な物』である
事が多い。そして、この辺りでは、『無難な物』はいらないのだ。NYで働い
ていた頃は、毎日膨大な量の仕事を片づける為に、次から次と作品を作って
行った。しかし振り返ってみると、いつの間にかアーティストの心をどこか
にしまって仕事をしていたような気がする。自分が気に食わない作品でも、
クライアントが気に入っているから商品化したりしていた。『悪魔に魂を売
った』状態だったのだと思う。
こちらに移って来て良かった事。それは、そういう自分に気づいた事。とり
あえずは、自分の手で何かを作り上げようと、この街に来て陶芸を始めた。
まだまだ試行錯誤中だけれど、「モノ作り」の楽しさをジワジワと噛み締め
ている。
LAもNYも魅力的な街。しかし、私は、そのエネルギッシュな街に住んでいる
事に依って満足してしまっていたような気がする。そうして考えてみると、
ナイトライフは物足りないけれど、ダンスレッスンも簡単には受けられない
けれど、それでも、ココ太平洋北西部が私に取っては人生を考える絶好の街
のような気がして来た。
今までずっと、ジプシー生活を送って来た私らカップルが定住の地を見つけ
る日も近いのかも。
Cheers!!
mika@シアトル
Saturday, June 30, 2007
Vol. 1 - No. 1
『はじめまして』
1. チョコッと自己紹介
こんにちわ。今回からアメリカはシアトルマリナーズで有名なシアトルの
近郊よりメールマガジンをお届けする事になりました。
何の根拠も無く『26歳で高飛びする』と心に決めた通り、26歳でオースト
ラリアはアデレードという街に行き、1年のつもりが5年になり、そして
長野オリンピックを機会に日本へ戻ったものの、1年後には映画とエンター
テイメントの都、ハリウッドにたどり着き、その後は、サンタモニカ、NY、
NJを経て、去年の暮れに、ここアメリカの北西の端、シアトルに。
南アフリカ出身のヒジョーに背の高いパートナーと、コメディーのような
毎日を繰り広げています。以後宜しくおねがいします。
2. シアトルという街
実は、私たち、ココに引っ越してくるまでシアトルに関する知識は皆無。
LAにいたときも、そしてNYCに移る時も、NJに家を借りる時も、いつも
住む前のリサーチは完璧だった私。今回は、ホント、訪れた事もない土地
に移り住み、色々と「あっ、そ〜だったの」という事も多し。(ま、そう
いう訳で、このメルマガのタイトルが"ah so!”となった訳です)
さて、シアトルというところは少し曲者で、一言で『シアトル』と言って
も、実はシアトルをさしてない事も多いのです。というのも、シアトルの
ある州は『ワシントン州』なのですが、「ワシントンに住んでます」と
言うと、十中八九『ワシントンDC』と勘違いされてしまいます。なので、
ワシントン州の中でも、シアトル周辺に住んでいる人は「シアトルに住ん
でます」と答えるメカニズムになった様子。
シアトル周辺には、色んな市があるのですが、一般的に、ワシントン湖を
はさんで西側は「シアトル」、東側は「イーストサイド」と言われる事、
多し。私も、そのイーストサイドに住んでますが、こちらで有名どころの
イーストサイドの街は、まずマイクロソフトやニンテンドーなどのあるIT
街『レッドモンド」、そして日本の駐在員の多い街『ベルビュー』、そし
て、コストコのブランド名で聞き慣れている『カークランド』、最後は
世界一、住んでいる人の平均所得が高い街『メディナ』。
マイクロソフトのビル・ゲーツやイチロー選手もメディナの住人。何やら、
この街の年間平均所得は10億ドルを軽く超えるそうな。シアトルで住む
ところを探している時に、「あ、メディナって街、住みやすげ」って
思い空家情報を見て愕然。「えっ、家賃60万?!」。その直後に、ビル・
ゲーツがココの住人で、世界一高所得者の街と知り、そして最近、
イチローがココに家を建てていると知り、己の無謀さに気づきました。
ホント、この地区、西・北・南の三方が湖で囲まれてて、周りには
個人のボートハーバーがあったりして、ヒジョーに緑豊かで可愛らしい
街なのです。今の野望は、いつかアノ街に住む事(無理だな)。
さて、ここに越して来て、最初に驚いた事は、『坂が多い』事。
ダウンタウンのシアトルなんて、ホント坂だらけ。私自身、坂の多い街、
神戸出身で、実家の前の坂道なんて、昔は原チャリが登れない坂だった
んだけど、シアトルの坂って、それよりキツいところも...
雨の日なんて、坂道発進に失敗して、坂をずり落ちてく車を見るのは
日常茶飯事。半数以上の車は坂道発進でタイヤを空回りさせていくし。
そうそう、シアトルは『雨の街』としても知られているけれど、実は
降水量は、東京と比べても1/3。アメリカの中でも一番降水量の
多い街では無いのです。ただ単に、冬はどんよりと曇りの日が多くって、
そして時雨はしょっちゅう。なので、『雨の街』という形容詞を着る事に。
ただ、日本の雨のように「ザーッ」って降る雨に慣れてないから、雨の中
での運転が苦手な人はチョー多い。だからね、とても難儀。冬はおかげで、
どこもかしこも簡単に渋滞です。
シアトルの道路状況は、かなり整備されて無く、イーストサイドから
シアトルへ行くのに、たった2本しか無い橋を通る人たちがほとんど。
そして風が強ければ、この橋は通行止めです。ほとんどのオフィスは
フレックスタイムを導入していて、みんな出来るだけ渋滞を避ける努力
をしてはいるのですが、やっぱりそれでもかなりの無理は生じ、まぁ、
朝は7時から9時頃まで、夕方は3時から7時頃まではひどい渋滞です。
そしてマリナーズやNHL、NBAの試合やコンサートがダウンタウンで
あろうものなら、その渋滞は更に悪化。ホンマね、あまりの混みようで
出来る事なら湖を泳いで渡りたいくらい。いやいや大変です。
しかし、こんな渋滞ばかりでも心を和ませてくれるのは、周りの景色。
日々、どこかで新しい花々が咲き乱れ、色々な色が溢れる街。渋滞の
イライラでもフッと遠くを見ると、雪をかぶったオリンピックの山々や
レニア山(日系人にはタコマ富士と呼ばれてる)が見え、そして近く
には湖と木々が、そして花々が。今まで色々な街に住んで来たけれど
ここまでカラフルな街に住むのは初めて。
シアトルという街は、なんだか関西人にとっての阪神タイガースの様
な存在。色々と不満はあるのだけれど、それを覆す魅力があって、
文句を言っては見ても、心の底から嫌いになる事は無いかな。
さてさて、つらつらーっとシアトルという街、そして私の紹介をして
見ましたが、次号からは、もう少し毎日の日常に踏み込んだ事を
語ってみたいと思います。
よろしくおつきあいの程、お願い申し上げます。
Cheers!!
mika@シアトル
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