Saturday, January 26, 2008

Vol. 1 - No. 8

          『まさかの最終回!?』


みなさん、こんばんわ。実は、今回でシアトルからのお便りは、まさかの最終回。大変短い間でしたが、『シアトルのah so!』、お世話になりました。

と言っても、来月からは、場所を変えて、続けさせて頂きます(笑)。ただ、来月からは、もうシアトルからの発信ではないので、『シアトルのah so!』から、『ah so!』にタイトル変更させて頂こうと思ってます。

詳細は以下をどうぞ。


***


1. バンクーバーへの道

2月から、9年住んだアメリカ離れ、カナダはバンクーバーへ行く事に。国際引越なんですが、実は、現在のうちから、次の家まではドアtoドアで、たったの2時間30分程。今まで、アメリカ内でも西から東、東から西への大移動だったので、なんとな〜く、今回の引越には気合いの入っていない私。

現に、引越まで2週間を切ったと言うのに、詰め終わった段ボールは2箱だけ。これって、やっぱり一夜漬けで試験に臨んだ若い頃から変わない。崖っぷちに立たないと、何もやらない。イカンネ、これじゃ(苦笑)

さて、私たち、なぜ、今、バンクーバーに移るのか。

別に会社の転勤命令が出た訳でもなく、自発的に行こうかと決めたのは、かれこれ1年以上前。丁度、NYでの仕事場に飽きて来た頃。NYは大好きだったのよ。そしてLAの生活も嫌いじゃなかった。ただ、先を考えて行く上で、「この土地で骨を埋めたいか?」となった時に、地価・不動産の高騰、私のビザの問題、仕事と天候と色々な方向から見つめた結果、「そろそろアメリカから出る?」というところに話は進んだ。

私たちカップル、もう「エエ年やのに〜」と言われる中年期。でも、未だに子供を欲しいと思っている。なので、子供が産まれた後の事など考える限り、何となくアメリカの教育や保険制度に対して不信感が拭えず。ま、他の国に行ったところで、もしかするともっとヒドいのかも知れないのだけれど。

さて、『海外』と考えたところ、実は候補は結構あった。候補地に挙がったのは、イギリス、カナダ、オーストラリア、シンガポール、マレーシア、日本そして南アフリカ。

相方の仕事柄、田舎方面にはほとんど仕事がないので、メトロポリタンであり且つ、自然の多いところということが条件。

私たちの条件は、

・夜歩きが出来る場所
・空気の良い場所
・キャンプに簡単に出かけられる事
・スキーに行ける事
・極寒、灼熱の地でない事
・子供が安心して外を駆け巡れる事
・医療設備がしっかりしている事

というもの。ま、医療設備に関しては、発展途上国で無い限りはOKだったのだけれど、上の項目を一番沢山満たすのがバンクーバーだったので、バンクーバーに決定したと言う訳。



2. バンクーバーとシアトルと

しかし、決定したと言っても、「固く心に誓った」と言うよりも、「じゃ、バンクーバー見に行ってみる?」と気軽な気持ちで、2006年の7月下旬に、第一回下見へと飛んだのです。

でもね、ハッキリ言って、最初の下見でのバンクーバーへの第一印象は、かなり悪かったよ。ま、泊まった場所も安くで泊まったから、あんまり良い場所ではなかったし、で、夜に歩いていたら、コンビニ近くに日本の若者が団体で座り込んで煙草吸いながら日本語で大騒ぎしてるのに遭遇。何だかねぇ、結構イヤな感じで「ここどこ?」って感じだった訳ですよ。

一応、相方は、バンクーバーの会社数社と会って、どちらも好感触だったんだけれど、イマイチ条件はヨロシク無く(ま、NYと比べるとね〜)、とりあえず保留のまま、NYに戻った訳です。

帰ってから保証人になってもらう友人(シアトル在住)に、相方が電話したところ、「え〜、バンクーバー行くんやったら俺のプロジェクトに来いや〜(オーストラリア弁)」と言う事で、そこからかなり強く彼のラブコールが始まったのだ。

条件も何もかもシアトルの方が上だったし、その上、引越代など全て出るって事で、1年契約の条件を受理した、というのがココへ来た経緯。

相方も私もシアトルには訪れた事も無かったのだけれど、『エイっ』と契約書にサインして、降り立ったのが一昨年の11月。LAに住んでいた時の(上述の)友達カップルとの再開を楽しみ、そして「ココが私の永住の地候補かぁ」と思っていたのも束の間の事。相方の参加したプロジェクトが、突然にキャンセルに。ま、キャンセルになっても、仕事が無い訳じゃないんだけれど、やっぱり最初の約束とは違う訳で、次の場所に目を向け始めたのが、昨年の秋頃。

で、そこからは、「どうする〜?」という問いの繰り返しの中、全てがクリアに片付き、そしてカナダ行き決定となったのが新年直後と言う訳です。

バンクーバーとシアトルと、距離的には大変近いし、気候はほぼ同じ。でも、聞くところによると、大きな違いがあると言う。ま、国も違うのだから、文化も社会も違って当たり前なのだけれど、それでも、そこまで違うとは信じがたいと言うのが正直なところ。



3. そして引越

さてさて、引越。車で2時間半程ダシ、NYからシアトルへの引越の半額くらいかと思い、最初は、業者を使おうかと目論んだ私たち。見積もりをもらって仰天。「高いやん!」そうなの、高いの。トータルで100万近くかかるって。

自分たちでトラックを借りた場合の値段を調べると、トラックのレンタルが3万ほど。で、積み荷のお手伝いを雇うとすると、チップを含めてもトータルで10万以下。最初は、しんどいし、業者に頼もうと思っていた私たちも、あまりの値段差に即、『自分でトラック運転』プランを選択。

陸路でアメリカからカナダの引越はそんなに難しく無く、必要な書類は、積み荷のリストのみ。後は、私のビザも、国境でもらえる事に手はずは整っているし、一応3年未満の契約で行くので、車も正式にアメリカからカナダに『輸出』しなくて良いらしい。これが3年以上になる場合は、後で、国境まで戻って、車の輸出の手続きをとれば良いらしい。国境での手続きって、響きは大変そうなのだけど、ジッサイは、車で30分で行ける距離なので、結構気は楽。

なので、とりあえずは、今の第一課題はパッキング。90強の箱を取り寄せたんだけれど、最初に書いた通り、終了したのは、たった2個。段々、間に合うか不安になって来た(焦)。

無事に引越が終わる事、祈っておいて下さいね。

***

ということで、来月からはカナダはバンクーバーよりお届けします。

記憶が新しいうちに、「シアトル」と「バンクーバー」の違い、そして「アメリカ」と「カナダ」の違いについて、経験に基づいて色々とご紹介出来れば、と思ってます。




それでは!!

mika@シアトル

Tuesday, January 1, 2008

Vol. 1 - No. 7

            『大晦日!』


みなさん、こんばんわ。日本はすっかり大晦日ですね!もしくは、読まれる時間によっては、お正月を迎えている方も?

私は、昨日、32時間と言う長い時間をかけて、南半球は、南アフリカのヨハネスブルグから帰って来ました。いやいや、32時間と言っても、その内27時間は飛行機の中...生まれて初めて、これだけ長い時間、飛行機内に監禁されました。いやいや、しばらくは、飛行機はゴメンです(笑)

さて、今回は大晦日スペシャルと言う事で、日本と、アメリカ、そして南アフリカの師走の違いについて書いて行こうと思います。

***


1. 日本の師走

多分、1年で一番、日本を懐かしく思う時期は師走だと思う。日本にいた頃は、イベント屋をしていた事もあり、クリスマスからお正月にかけては寝る暇も無く、現場から現場へと駆け回っていた。

12月に入ると、街はイルミネーションで彩られ、そして、街中がクリスマスモード一色に包まれる。クリスチャン文化がそれほど入り込んでいないはずの日本なのに、クリスマスにかける意気込みは、アメリカのどの都市よりも、そしてオーストラリアや南アフリカのどの都市よりも、凄い。多分、私の知っている地域で言えば、マンハッタンが、かなり近いかな。

神戸出身の私としては、ルミナリエの存在も捨てがたい。今年は経費の削減の為に、普段よりも短い期間で終わってしまったようだけれど、あれも、また、師走の風物詩としては外せない。

そして、シンバルが打ち鳴らされる様にクリスマスに向けて、ムードは盛り上がり、で、イブが終わると、突然、ムードは変調され、琴や和太鼓といった和風のビートに乗って、新年へと突っ走る。

この盛り上がり様が、私は大好きだ。洋風から和風へのドラマチックな変わりよう。私が今まで暮らして来たどの国にもこのような盛り上がりは無い。子供の頃から苦手だった『お節料理』も懐かしい。そして、初詣の神社、そして、周りの出店達。海外に住んで10年以上経つ今も、あの喧噪が懐かしい。

日本に住んでいた頃は、宗教とイベントのつながりについて考えた事も無かった。でも、考えてみると、変わってる。『佛教の国』として知られている日本だけれど、教会で式を挙げるカップルは、増えるばかり。でも、お葬式は仏式で。実は、私はこんな風に一つの宗教にこだわらないで自由に好きなものを選べるという、この発想が好き。つじつまが合わなくったって良いのだ。本人達が満足ならば。


2. アメリカの師走

さて、アメリカでの9回目の師走を迎えているけれど、毎年、この新年ムードの無さにがっかりしてしまう。

長いフライトを終えて、昨日、空港に降り立ったのだけれど、クリスマスが終わり、すでに大イベントは終わってしまい、後片付けの大変さの中に降り立ったという気分は否めない。

アメリカって『フェスティブシーズン』の無い国だなぁと、つくづく思ってしまう。確かに独立記念日や、感謝祭などのイベントはあるのだけれど、国そのものがホリデー一色になるという期間が短い気がする。

クリスマスにしても、ショッピングセンターは人でごった返すものの、日本のクリスマスの様な盛り上がりに欠ける。そして、クリスマスは休日なんだけれど、『ただの休日』という感は否めない。ミョーにあっさりしてるのだ。

ミョーにあっさりしてると言えば、新年だって2日から、既にほとんどの会社は始まり、そしてクリスマスから新年までの1週間だって、ほとんどの会社は普通営業。ゼ〜ンゼン、お祭りムードじゃないんだなぁ。

アメリカ、好きなところもいっぱいあるけれど、でも、この師走のアッサリ加減は何年経っても好きになれない。『人種のるつぼ』と言われる国だからかなぁ。なんだかアメリカはエンターテイメントの発信地と言われつつも、アメリカ文化はいまいち楽しむ事を知らない気がする。


3. そして南アフリカ

南アフリカにはクリスチャンが多い。なので、クリスマスの盛り上がりは容易に想像出来る。ただ、日本やアメリカと違い『クリスマスの商業化』はあまり進んでない様に思われる。

例えば、クリスマスの日は、街はひっそりとしてしまう。探せばあるんだろうが、やっているお店を見つけるのは容易ではない。

というのも、やっぱりクリスチャンが多いからか、クリスマスはしっかりと祝うものという意識が強いのだと思う。クリスマスの日は家で家族とともに団らんする。朝は教会へ行き、午後早くからクリスマスディナーが始まる。真夏のクリスマスと言う事で、庭でバーベキューだったり、海辺でまったりと寛いだり、と、日本の感覚で言うクリスマスとは違うけれど、それはそれで、とっても楽しい。

そして、日本で、クリスマスイブがクライマックスなところ、南アフリカではクリスマスイブは対して取り沙汰されない。それは、アメリカもオーストラリアも同じ。クリスマスイブは、クリスマスの前日と言う事で、レストランも早くに営業を終えたい様で、今回、私たちが食事したレストランでは午後7時30分がラストオーダーだった。また有名レストランを含めた、かなりの数のレストランがクリスマスを挟む数週間をクローズしてしまうところが多いのにも驚いた。

バケーションの商業化が進んでないから、街中のイルミネーションや盛り上がりは、日本と比べると生彩を欠くが、でも、人々のバケーションに向けての盛り上がりはヒシヒシと感じられる。

南アフリカでは多くの人が年末にかけて2〜3週間。人によっては1ヶ月のバケーションをポンと取って家族と過ごすのだ。ビジネス街も大抵はクリスマス付近から年末まで休みだし、学校だって休み。

オーストラリアもそうだけれど、南アフリカも、新学年が始まるのは1月から。だから師走は、ホントの意味での仕事/学業納めの月。日本程の盛り上がりは無いけれど、その分、スローでホントの意味でのバケーション&心の洗濯が出来るのが師走。


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こんな風に、「所変われば品変わる」訳ですが、コレから先、ドコの国へ行っても、日本人らしく、大晦日には1年の事を振り返り、そしてお正月には心を新たに生きて行きたいと思っています。

つたない文章ですが、今年いっぱい読んで下さりありがとうございました。また新年より、心を新たに、色々な事を書いて行きたいと思っています。来年もヨロシクお願いいたします。

そして、

良いお年を!


くれぐれもお餅は良くかんで食べて下さいね。



Cheers!!

mika@シアトル