里帰り1とストップオーバー
さてさて、ボンを連れて、相方のふるさとのヨハネスブルグへ行って来た。いやぁ、遠いね。
色々ルートのオプションはあるんやけど今回のルートは、『体に優しく』をモットーにしてカルガリーからアムステルダムを経てヨハネスブルグ。行きは24時間のストップオーバーはあるものの、アムステルダムのスキポール空港はターミナル内にホテルが2軒あるので、そこで仮眠を取れるから、もしも機内でボンが騒いで一睡も出来なくても大丈夫。で、帰りはアムステルダムで4泊する事に。
『機内』
今回はKLMを使用したけど、KLMポイント高し。
最初に割り振られた席は、何ともハズレで、背の高い相方は席に座るのも一苦労。で、ボンを抱いてる私ももう窮屈至極で、出発前からくらい気分になってたんやけど、それに気づいたフライトアテンダントさん。
即座に空席をチェックして、4人席の一列が空いてるところに私たちを連れて行ってくれた。足下も広い席で、元の席とは雲泥の差。いやいや有り難い。そして、残りのルートは全部バシネットの出せる席に。機内食も美味かったし、機内エンターテイメントシステムも良かったし、満足、満足。
ただバシネットの重量制限については、みんなが違う事を言う。行きのフライトでは重量が重すぎるから「つけられない」と言われたのが、帰りのフライトでは「大丈夫」って言われたり。結局、大丈夫やってんけどね。どうやら、重量基準がコロコロ変わるらしくて、フライトアテンダントさんの間でも統一されてないみたい。
懸念してたボンの反応も、ほぼ8割以上は私の膝の上で熟睡。起きてるときはニコニコと上機嫌で周りの人に愛想ふってたしね。周りの乗客の皆さんに「ラッキーやねぇ」とか「もう運をここで使い果たしたんちゃう」と言われる程のおりこうさん具合。
来月の日本行きも、これくらいおりこうさんでいてくれたら、母は嬉しいんだけどな。なんせ、行きしは相方おらんからね。
『ヨハネスブルグで』
しかし機内ではおりこうさんやっても、でも、やっぱり時差ボケには祟られる。ちゅうことで、ボンはヨハネス滞在中、ほとんど夕方から夜中にかけては寝っぱなし。相方の家族には悪かってんけど、夜の集まりにはボンはほとんど撃沈状態で、眠りこけてるか、めちゃくちゃ機嫌が悪いかのどちらか。
ヨハネスで発見したのは、ボンは色の濃い人が好きだってこと。そしてユニフォームを着ている人が大好き。
そして南アフリカのベビーフード、フルーツの味が濃い。やっぱりフルーツ大国やね。同じ梨でも味が違う。なんだかハチミツみたいな味がする。で、糖分も高い気が。南アフリカで買った梨のペーストをボンにあげたら、異様にハイになって叫びまくり。sugar highになったんやろうね。ただ、南アフリカは、こちら北米の様に糖分がどれだけ入ってるか記載しなくて良いようで、結局、どれだけ甘かったのかは不明。ただ、あまりのボンのハイ具合を目の当たりにして、その後は南アフリカのベビーフードをあげるのは止めた。
義理の姉にパンパースのオムツを買っておいてもらったんやけど、やっぱり同じメーカーでもモノは違うのね。似たパッケージのものを選んで買っておいてもらったんやけど、全く違って、あんまり質が良く無いものでショック。なので、ここで教訓を得て、日本ではオムツは事前に買っておいてもらわない事にした。
『アムステルダムで』
しかしヨーロッパ。ホテル高いね。それに、ベッドもキングサイズなんて置いてるところは少ないのね。すっかりアメリカの間隔で部屋を探すと、高くって手が出ない。最終的にはただ今改築中の4つ星ホテルを格安料金で見つけて、ソコに決めた。
で、驚いた。私たちが泊まってる時に神戸のある高校が修学旅行で同じホテルに泊まってた。それも、従姉妹がかつて通っていた高校。ウーン、最近の高校生って豪華な修学旅行楽しんでるのね。9日間で4カ国訪問ですって。引率の先生にはなりたくないねぇ。
で、アムステルダム。もともとバウハウス系のデザインが好みな私にとって、アムステルダムは目が♡になるくらい好きな街。どこをとっても絵になる街並。住めば住んだで、不満はあるんだろうけど、「住んでみたい!」と心から思った。
『自転車に優しい街』とは聞いていたものの、シアトルやバンクーバーと大差ないだろうと思っていたら、大間違い。自転車専用道路に自転車専用信号、本当に自転車の為の設備が整ってる。自転車好きの相方は、そんなアムステルダムにオオ惚れ。
2人で、「カナダの次はオランダに来ちゃう?」と半ば本気で話してしまった。なんせ、日本にも南アフリカにも直行便があるのがボーナス。相方の職業は建築系だし私はアート系。どちらにとってもキャリア的にも魅力の街。
私にとって初ヨーロッパ。ごはんも美味しいね。すっかりとアメリカ/カナダで、本当に美味しい味を忘れてた気がする。私ら普段から高い店に行かへんからねぇ。高い店に行ったら、本格的なヨーロッパのお家ごはんも味わえるんやろうけどね。
***
そんなこんなで駆け足の今回の旅行レポート。1週間前に帰って来たにもかかわらず、ボンが時差ボケから立ち直るにはチト時間がかかりそう。次は、里帰りパート2で日本編。久々の日本、どんな風に、私の目に映るんやろう、って今からチョコッとドキドキしてます。
Cheers!!
mika@クリスマスが待ち遠しい
Saturday, November 28, 2009
Thursday, October 29, 2009
Vol. 3 - No. 1
嗚呼カルガリー
いやぁ、どうなる事かと思ったけれど、ちゃんとカルガリーに着きました。
前回、お届けした通り、ちゃんと金曜日にはプロの箱詰め師さん達が来られ、スゴい勢いで荷物を箱詰めにしていき、で、次の日には男性陣3人が、その荷物をトラックへ。
こうやって書いたら、全てが滞り無く進んだ様に聞こえるやん?
しかし、ここは異国の地。日本とはチト同じ様には進みません。
『進まなかった事、その1』
プロの箱詰め師さん、「オリジナルの箱さえだしておけば、プロだから、荷物は完璧に詰めます」という謳い文句だったけれど、そんなん全然嘘っぱち。コンピューターは、セールスの言葉なんて信じない私たちがチャンと詰めた
けれど、ブレンダーなどはオリジナルの箱を出して横に置いといたんだけど、待てど暮らせど、詰めてくれる気配無し。
で、聞いてみると、「うーん、詰め方分かんないし、後回しにしてるのよね。こういうのって男性の方が得意だし、旦那さんにやってもらって」ですと。
でだ、プロの皆さんが詰めない場合は、中味の保証が無いんですな。
なのに、高いものとかは全部、プロの皆さん、避けて箱詰めしてくれません。その上、ほとんど引き出しに入ったものは全て「あ、これはこのまま積むから大丈夫」と中味の確認もナシ。
ま、そういう細かい事を除けば、かなり働き者のおばあさんの2人組。うちの母は69歳なんだけど、多分、同じくらいの年。なのに、20キロ程度のものなら軽々と肩に乗せてノシノシ歩いて行かれます。スゴいねぇ。うちの母も元気者だから、出来るけれど、反対に、そんな齢の人にそんな重たいもの持ってもらうの気が引けるやん?
なかなか気を使いました。
『進まなかった事、その2』
翌日に、荷物を積む男衆が3人。当初の予定では9時に来て12時には終わる予定。だったのに、やっぱり引き出しのものは全部、箱に入れたいって事で、時間がかかる、かかる。
で、昼ご飯を挟んだのだけれど、ごはんを食べに行った彼ら、なかなか帰って参りません。
結局、作業が終わり、私らがバンクーバーを出れたのは午後6時前.....そこから7時間運転しっぱなしで中間地点まで。
相方、ご苦労。ホントにご苦労。事故らなくて良かった...
『進まなかった事、その3』
さて、引っ越し荷物は当初の予定では早くて3営業日で到着の予定。ところがところが、雪が降ったり、引越のトラックが故障したので、到着したのは、5営業日目の終わりの方。
実は5営業日を越すと、値引きしてくれるのだけれど、結局、その値引きがかかるギリギリのギリギリで荷物到着。ま、その辺、損する様な事はドライバーもせんわね。どうやら、こういう値引きとか、ペネルティーは、そのままドライバーの賃金から差し引かれるらしい。
ベッド類、家具類、彼らがバラしたものは全てもう一度組み立ててくれるのだけど、彼らが帰った後に見ると、余ったネジ数本。ベッドなんて、片側一本もネジがハマってない。でも、その余ったネジは、私たちが必要なネジとは違うんだな。(後日、ドライバーに文句を言ったら、現金40ドルをくれて隠密にしてくれとの事・苦笑)
しかしね、何も無い空き家でエアマットレスだけの生活。それも5営業日という事は、日曜日に着いた私たちに取っては実質1週間、その生活。
その上、その前の週まで30℃を越える夏日だったカルガリー。その情報だけを持っていた私たちの荷物は、夏服だらけ。なのに、私たちが到着した日から冷え込み、結局はマイナス10℃の世界へ。
着いた翌日に、ショッピングセンターに走り、冬服を買い求めたけれど、それでも1週間、荷物無しで極寒の中でのキャンプ生活。いやぁ、参った参った。相方は、すっかりと風邪を引いて、すっかりと役立たず組になっちゃうしね。
日本からの強力助っ人『母さん』がいてくれて良かったわ。
『進まなかった事、その4』
新居に荷物も入ったし、とりあえずは保険をかけるべく電話をしたら、なんと、長々と話した後で断られた。
どうやら保険会社側の記録によると、ここの家で、過去5年間に2度空き巣に入られ、その他にも2度保険が使われているから、だから保険をかけられない、と。
そんな事、大家から聞いてなかった私たちは怒りもカンカン。でも、今更もう一度引越すなんてやってられない。なので、セキュリティーシステムをつけ、家の鍵も変え、で、名も無い保険屋が、我が家に保険をかけてくれるってことで落ち着いた。
セキュリティーシステムも、いざお金を払う段階になって、普通の電話線が無いと、システムはつけられないと言われ、万年、インターネットを使ったVoIPの電話しか持ってなかった私たちは、久々に電話をひく事に。
でね、それにかかった費用を大家に請求しようと思ったら、大家曰く、保険会社の記録が間違ってる、と。「保険屋に電話するから、電話番号をよこせ」とのこと。チャンチャン。
うちの相方が、そもそも、すぐに大家に確かめたら良かったところ、忙しさの中ですっかり後回しにしていた事から起こった事。ま、セキュリティーが万全に整ったから良かったとする、か。それに、大家が嘘ついてるのか、記録が間違ってるのかは、私らにはチェック出来んしね。
***
しかしね、ホンマ、カルガリー、寒いわ。10月の最初からマイナス16℃を体験するとは夢にも思ってなかったし、ふかふかのパウダースノーの上を歩けるとも思ってなかった。なにやら、この10月はカルガリー史上でも、この10年で1番寒い10月になったらしい。でも、日照度はバンクーバーより高いから、それは、嬉しいところ。
私らが引越すと、その度に引越した先の地で、「これは普通ではないのよ」という「10年に1度」、「100年に1度」、「歴史上初めて」という気象変化が起こる。なんなんやろね、これって。やっぱり地球がおかしくなって来てるって事なんやろね。
引越して来て、そろそろひと月。我がボンは、乾燥気候のせいか、風邪のせいか、毎晩鼻づまりがヒドくて、寝が浅い。乾燥気候のせいだと思い、大きい加湿器を購入したけれど、それでも、鼻づまりは治る気配無し。多分、風邪だったのね。
なんにしても、すっかりと生活のペースが崩れて、母はチトお疲れ気味。ま、もう少ししたら、慣れるやろうけれど、慣れた頃には南アフリカへの旅が待っている。で、南アフリカから帰って来て、3週間程したら今度は日本への旅が待っている。
あぁ、この今年ラストの3、4ヶ月で老け込みそうだわ(笑)。
ちゅうことで、私、無事にカルガリアンになりました。
Cheers!!
mika@寒いけれど太陽が嬉しい
いやぁ、どうなる事かと思ったけれど、ちゃんとカルガリーに着きました。
前回、お届けした通り、ちゃんと金曜日にはプロの箱詰め師さん達が来られ、スゴい勢いで荷物を箱詰めにしていき、で、次の日には男性陣3人が、その荷物をトラックへ。
こうやって書いたら、全てが滞り無く進んだ様に聞こえるやん?
しかし、ここは異国の地。日本とはチト同じ様には進みません。
『進まなかった事、その1』
プロの箱詰め師さん、「オリジナルの箱さえだしておけば、プロだから、荷物は完璧に詰めます」という謳い文句だったけれど、そんなん全然嘘っぱち。コンピューターは、セールスの言葉なんて信じない私たちがチャンと詰めた
けれど、ブレンダーなどはオリジナルの箱を出して横に置いといたんだけど、待てど暮らせど、詰めてくれる気配無し。
で、聞いてみると、「うーん、詰め方分かんないし、後回しにしてるのよね。こういうのって男性の方が得意だし、旦那さんにやってもらって」ですと。
でだ、プロの皆さんが詰めない場合は、中味の保証が無いんですな。
なのに、高いものとかは全部、プロの皆さん、避けて箱詰めしてくれません。その上、ほとんど引き出しに入ったものは全て「あ、これはこのまま積むから大丈夫」と中味の確認もナシ。
ま、そういう細かい事を除けば、かなり働き者のおばあさんの2人組。うちの母は69歳なんだけど、多分、同じくらいの年。なのに、20キロ程度のものなら軽々と肩に乗せてノシノシ歩いて行かれます。スゴいねぇ。うちの母も元気者だから、出来るけれど、反対に、そんな齢の人にそんな重たいもの持ってもらうの気が引けるやん?
なかなか気を使いました。
『進まなかった事、その2』
翌日に、荷物を積む男衆が3人。当初の予定では9時に来て12時には終わる予定。だったのに、やっぱり引き出しのものは全部、箱に入れたいって事で、時間がかかる、かかる。
で、昼ご飯を挟んだのだけれど、ごはんを食べに行った彼ら、なかなか帰って参りません。
結局、作業が終わり、私らがバンクーバーを出れたのは午後6時前.....そこから7時間運転しっぱなしで中間地点まで。
相方、ご苦労。ホントにご苦労。事故らなくて良かった...
『進まなかった事、その3』
さて、引っ越し荷物は当初の予定では早くて3営業日で到着の予定。ところがところが、雪が降ったり、引越のトラックが故障したので、到着したのは、5営業日目の終わりの方。
実は5営業日を越すと、値引きしてくれるのだけれど、結局、その値引きがかかるギリギリのギリギリで荷物到着。ま、その辺、損する様な事はドライバーもせんわね。どうやら、こういう値引きとか、ペネルティーは、そのままドライバーの賃金から差し引かれるらしい。
ベッド類、家具類、彼らがバラしたものは全てもう一度組み立ててくれるのだけど、彼らが帰った後に見ると、余ったネジ数本。ベッドなんて、片側一本もネジがハマってない。でも、その余ったネジは、私たちが必要なネジとは違うんだな。(後日、ドライバーに文句を言ったら、現金40ドルをくれて隠密にしてくれとの事・苦笑)
しかしね、何も無い空き家でエアマットレスだけの生活。それも5営業日という事は、日曜日に着いた私たちに取っては実質1週間、その生活。
その上、その前の週まで30℃を越える夏日だったカルガリー。その情報だけを持っていた私たちの荷物は、夏服だらけ。なのに、私たちが到着した日から冷え込み、結局はマイナス10℃の世界へ。
着いた翌日に、ショッピングセンターに走り、冬服を買い求めたけれど、それでも1週間、荷物無しで極寒の中でのキャンプ生活。いやぁ、参った参った。相方は、すっかりと風邪を引いて、すっかりと役立たず組になっちゃうしね。
日本からの強力助っ人『母さん』がいてくれて良かったわ。
『進まなかった事、その4』
新居に荷物も入ったし、とりあえずは保険をかけるべく電話をしたら、なんと、長々と話した後で断られた。
どうやら保険会社側の記録によると、ここの家で、過去5年間に2度空き巣に入られ、その他にも2度保険が使われているから、だから保険をかけられない、と。
そんな事、大家から聞いてなかった私たちは怒りもカンカン。でも、今更もう一度引越すなんてやってられない。なので、セキュリティーシステムをつけ、家の鍵も変え、で、名も無い保険屋が、我が家に保険をかけてくれるってことで落ち着いた。
セキュリティーシステムも、いざお金を払う段階になって、普通の電話線が無いと、システムはつけられないと言われ、万年、インターネットを使ったVoIPの電話しか持ってなかった私たちは、久々に電話をひく事に。
でね、それにかかった費用を大家に請求しようと思ったら、大家曰く、保険会社の記録が間違ってる、と。「保険屋に電話するから、電話番号をよこせ」とのこと。チャンチャン。
うちの相方が、そもそも、すぐに大家に確かめたら良かったところ、忙しさの中ですっかり後回しにしていた事から起こった事。ま、セキュリティーが万全に整ったから良かったとする、か。それに、大家が嘘ついてるのか、記録が間違ってるのかは、私らにはチェック出来んしね。
***
しかしね、ホンマ、カルガリー、寒いわ。10月の最初からマイナス16℃を体験するとは夢にも思ってなかったし、ふかふかのパウダースノーの上を歩けるとも思ってなかった。なにやら、この10月はカルガリー史上でも、この10年で1番寒い10月になったらしい。でも、日照度はバンクーバーより高いから、それは、嬉しいところ。
私らが引越すと、その度に引越した先の地で、「これは普通ではないのよ」という「10年に1度」、「100年に1度」、「歴史上初めて」という気象変化が起こる。なんなんやろね、これって。やっぱり地球がおかしくなって来てるって事なんやろね。
引越して来て、そろそろひと月。我がボンは、乾燥気候のせいか、風邪のせいか、毎晩鼻づまりがヒドくて、寝が浅い。乾燥気候のせいだと思い、大きい加湿器を購入したけれど、それでも、鼻づまりは治る気配無し。多分、風邪だったのね。
なんにしても、すっかりと生活のペースが崩れて、母はチトお疲れ気味。ま、もう少ししたら、慣れるやろうけれど、慣れた頃には南アフリカへの旅が待っている。で、南アフリカから帰って来て、3週間程したら今度は日本への旅が待っている。
あぁ、この今年ラストの3、4ヶ月で老け込みそうだわ(笑)。
ちゅうことで、私、無事にカルガリアンになりました。
Cheers!!
mika@寒いけれど太陽が嬉しい
Saturday, September 26, 2009
Vol. 2 - No. 15
いざ、カルガリーへ
いやぁねぇ、「ホンマにカルガリーへ引越出来るんやろか?」と、この記事を書きつつ、未だ実感が湧かないのですが、お尻に火がついた気分になってるのは間違い無し。
結局、引越は『おまかせパック』を利用し、その上、日本からの強力助っ人『母さん』も既にカナダ入りを果たして2週め。なのに、詰めた段ボールは、未だ0。
金曜日、このメルマガが配信される頃には、ドキドキとしている頃。というのも、こちらの金曜の朝にプロの箱詰め師さん達が我が家に訪れ、パッキングを開始するのです。それまでに、荷物の整理をしておかなければ、カルガリーに行って泣きを見る事に。
なので、チャッチャとお片づけをしたいところなのですが、そうは問屋がおろさないんですな。折角来てくれた強力助っ人に、まだまだ我がボンが慣れないんですわ。今では、私が視界に入らないところにいると良いのだけれど(今も、私は1階で隠れてタイプしております)私が視界に入ったや否や、大泣き。なので、音も極力立てない様に静々と片付けをしているのだけど、その進み具合や、まさに牛歩。
気持ちばっかりが焦ってしまって、心拍数は普段の2倍に上りそう...
とりあえず、予定では、この金曜日にプロの箱詰め師さん到来。で、土曜日に小型トラックが来て、我が家の荷物をピストンで大型トラックの待つところまで走る。(って言うのも、バンクーバーってあんまり大きい道路が無い上に、私の住む道は「自転車に優しい道」になっていて大型トラックなんて絶対に入れないところなのです)
そして、我々は、荷物がドナドナと運ばれて行った後、大家さんの厳しいチェックを受けて、そして車に当面の家財道具を詰めて、カルガリーへとひた走る訳です。
というのも、荷物が着くのは営業日3~5日後。相方は月曜から仕事に行かなきゃイケナイ訳で、プラスで、カルガリーのダウンタウンってば、ホテルもバカ高なのです。なので、何も家具のついてない貸家で、荷物が来るまで生活出来る様に、当面の家財道具は必要なのです。
その荷物についてもリストを作らんなアカンと思いながら、未だに何もやっておらず。とりあえずは、寝る事が出来る様にエアマットレスは積まないといけないんだけど、まだ1つ見つからず(既に2つは見つかった)。
炊飯器と、お米と調味料、クーラーボックスに入るものは詰めて行く予定だけど、まだ引越でトラックと一緒に移動する荷物と分別してないから、気づいたら全部トラックで移動されているという危険もあり。
いやぁ、乳飲み子連れの引越が、こんなに大変なんて思いませんでした...友人達で結構やってる人が多いのだけれど(それも業者の手助け借りず)ホントに脱帽、わたしゃニャ出来ん、という感じです。
でね、それも貸家だし、カルガリー滞在も、もしかしたら1年な訳で、我がボンが小さいうちに、また引越すという訳で.....考えたら禿げそう.....
ということで、引越が無事に済む様に祈っておいて下さいまし。
Cheers!!
mika@気ばかり焦ってます...
いやぁねぇ、「ホンマにカルガリーへ引越出来るんやろか?」と、この記事を書きつつ、未だ実感が湧かないのですが、お尻に火がついた気分になってるのは間違い無し。
結局、引越は『おまかせパック』を利用し、その上、日本からの強力助っ人『母さん』も既にカナダ入りを果たして2週め。なのに、詰めた段ボールは、未だ0。
金曜日、このメルマガが配信される頃には、ドキドキとしている頃。というのも、こちらの金曜の朝にプロの箱詰め師さん達が我が家に訪れ、パッキングを開始するのです。それまでに、荷物の整理をしておかなければ、カルガリーに行って泣きを見る事に。
なので、チャッチャとお片づけをしたいところなのですが、そうは問屋がおろさないんですな。折角来てくれた強力助っ人に、まだまだ我がボンが慣れないんですわ。今では、私が視界に入らないところにいると良いのだけれど(今も、私は1階で隠れてタイプしております)私が視界に入ったや否や、大泣き。なので、音も極力立てない様に静々と片付けをしているのだけど、その進み具合や、まさに牛歩。
気持ちばっかりが焦ってしまって、心拍数は普段の2倍に上りそう...
とりあえず、予定では、この金曜日にプロの箱詰め師さん到来。で、土曜日に小型トラックが来て、我が家の荷物をピストンで大型トラックの待つところまで走る。(って言うのも、バンクーバーってあんまり大きい道路が無い上に、私の住む道は「自転車に優しい道」になっていて大型トラックなんて絶対に入れないところなのです)
そして、我々は、荷物がドナドナと運ばれて行った後、大家さんの厳しいチェックを受けて、そして車に当面の家財道具を詰めて、カルガリーへとひた走る訳です。
というのも、荷物が着くのは営業日3~5日後。相方は月曜から仕事に行かなきゃイケナイ訳で、プラスで、カルガリーのダウンタウンってば、ホテルもバカ高なのです。なので、何も家具のついてない貸家で、荷物が来るまで生活出来る様に、当面の家財道具は必要なのです。
その荷物についてもリストを作らんなアカンと思いながら、未だに何もやっておらず。とりあえずは、寝る事が出来る様にエアマットレスは積まないといけないんだけど、まだ1つ見つからず(既に2つは見つかった)。
炊飯器と、お米と調味料、クーラーボックスに入るものは詰めて行く予定だけど、まだ引越でトラックと一緒に移動する荷物と分別してないから、気づいたら全部トラックで移動されているという危険もあり。
いやぁ、乳飲み子連れの引越が、こんなに大変なんて思いませんでした...友人達で結構やってる人が多いのだけれど(それも業者の手助け借りず)ホントに脱帽、わたしゃニャ出来ん、という感じです。
でね、それも貸家だし、カルガリー滞在も、もしかしたら1年な訳で、我がボンが小さいうちに、また引越すという訳で.....考えたら禿げそう.....
ということで、引越が無事に済む様に祈っておいて下さいまし。
Cheers!!
mika@気ばかり焦ってます...
Saturday, August 29, 2009
Vol. 2 - No. 14
相方の決断
さて、息子も目出たく6ヶ月を迎えました。つい先日から離乳食も試みて、今は10倍粥を一日に一回食してます。あれだけ真剣に私たちがモノを食べていると見つめていたり、取り上げようとしていた割に、がっつく事も無く、毎回
「何コレ?」状態で口をモグモグやってます。
でも、聞いてはいたけれど、新しい食材・味を口にする度にスッゴイ変な顔するのね。「ウへ~」って感じな顔。その顔をカメラに収めようと思うんやけど、ホントの一瞬だし頭が動くからなかなか形に残せない。ま、横着せんとビデオで撮れば良い事やねんけれど(笑)。
***
母になって6ヶ月、少しは母業にも慣れそうなもんやけど、それでも毎日の様に『初めて』はやってくる。母になって初めて気づいた事。それは父と母の違い。
中高は女子校だったけれど、大学は共学で、そこからずっと仕事でも、海外の留学先でも、どこでもずっと『男女均等』的な中で育って来た私。確かに、日本の大学卒業してすぐに勤めた商社はビックリせんばかりの男社会だったけど、そこには1年しか留まらなかったし、普通に仕事して行く上で、あんまり男女の違いを感じる事は無かったのね。
あ、そりゃ、体力の違い、仕事のやり方の違いって言うのはあったけれど、生活に対しての男女の違いっちゅうものを目の当たりにする事は無かった。
それが息子が生まれてからは、一変。
女の人の場合、子供を産むって作業は『きれいごと』では決して済まされ無い。予定帝王切開だったとしても、自分の体にメスが入る訳だし、治るのには時間がかかる。
私の場合は前回も書いた通りの激しいお産ときたら、ホントにきれいごとなんて言ってられない。それに授乳のオッパイの痛みとか、母って痛い事いっぱいやん?
新生児のケアって、初めて親になった人には本当に『初めて』だらけだし、毎日の様にチャレンジはやってくる。お産で痛手を受けてようが、オッパイが痛かろうが、休む事は出来ない。そんなところに『きれいごと』の入る予知は無し。
ところが、男の人は、お産に立ち会ってたって、充分、『きれいごと』は言い続けられる。たとえば、男の人で「う●ちのオムツは替えられない」とか、言う人いるけど、ホンマねぇ、「アホな事抜かすな!」言うてしまいそう。
うちの相方は、そこまでは言わんけれど、それでも母の立場からすると「は?何言うてんの?」言う様な言動はある。
例えば、息子が生まれてから、私1人で外出したのは、たった1回。髪の毛を切りに行った1時間。それ以外は、「え~、でもさぁ、泣いたらどうするよ」と来る。うちは母乳オンリーだったから、確かにそれはそうやねんけど、でも搾乳してたって同じ事を言う。
「え~、哺乳瓶なんて人工のものからあげるのは可哀想」だと。それでも、自分の毎朝のランニングは欠かさない。
私の場合、海外が長いせいもあって、相方が育児を手伝うのは当たり前という観点がある。プラスで今は仕事もマタニティ休暇(カナダでは1年まで手当がでます)だけれども、もともとは専業主婦では無いから、パートナーが家事を手伝うのも当然という感覚がある。
で、お互い働いてる時は、何も言わなくてもしっくりと来ていたのが、子供が生まれて以来、騒動は絶えず。母の立場からすると、「これくらい分かれよ」と思う事も、父には全然分からんし、気づかんらしい。
休みの日に出かけるときも、父本人は出かけたい時に出かけたい。息子の昼寝のパターンや、食事のパターン、など全く気にかけない。で、一旦息子の準備ができると、今度は父の見たいテレビが始まったりする。なので、またもやダラダラ状態。
そうなると間にいる母は益々イライラ増大。
ふと思うのは、日本では、まだまだ「母が家に入り、父は働きに出る」というのが多い様な気がするけれど、それでも、皆さん、にこやかにやってるって事。日本の母の皆さん、ホントえらいなぁ。
私なんて、生じっか長い間働いていただけに、相方が仕事でのストレスがあっても、「それはシングルでいたってあるんだから、自分で頑張って立ち直って」というところ。それよりも「育児は『家族』のものなんだから、そこもしっかりとやるべき」と、手厳しい。
確かに、母乳オンリーで育てているから、夜中に相方が出来る事は少ない。隣にいてくれて助けてくれれば嬉しいけれど、それは彼の仕事での生産力低下につながるし、それが残業につながる、ということで、うちでは初めのウチから相方は違う部屋で寝ている。それがアカンかったんかも知れんけれど相方に慣れるのに時間がかかったし、今でも相方に抱かれて寝るってことは皆無。
プラスで、なぜか息子が生まれる直前から相方の仕事が急に忙しくなった。今まで定時で帰れてたのに、今では休日出勤+残業いっぱい。益々、息子と過ごす時間も減ってる。もともと全く仕事命というタイプでもない相方。ただ、人付き合いの要領が良いほうでは無いので、仕事があると、キッチリとこなそうとするので時間もかかる。そこが良いところでもあるのだけれど、仕事場ではそれが故に利用される事も多い。
ウチでは私にプレッシャーかけられるし、プラスで息子が慣れるのにも時間がかかってる。これは父と母の違い以上の事態になって来た。普段ならこういうところでは行動を起こさん相方も、これではイカンと思ったんやろね。
ある日、相方、職場から電話かけて来た。
「実はさ、プロジェクトでカルガリーに行く可能性が出たんだけど、どう思う?」って。
南アフリカ出身の相方は、めっぽう寒さに弱い。NYから西海岸に戻った訳は、あの厳しい寒さから抜け出す為。ところがカルガリーの冬ってNYなんてお話しにならない程、厳しい。私的には冗談で「カルガリーなんてどう?」って言ってた事があるけれど、まさか相方の口からカルガリー行きの可能性を打診されるなんて。
相方の今の職場、自分から、まず『行きたい』という気がなければ、降って湧く事の無いカルガリー行き。蓋を開けてみると、カルガリーに行く事によって残業が無くて、プラスで昇給があるという事。プロジェクトの間だけカルガリーにいれば良いので、2年程の期間限定だと言う事。
「いいんじゃない?少なくても、今の状況から抜け出せるし、プラスで新しい土地を見てみる事が出来るし。プラスで息子も小さいから動くなら今のウチ」と私。
そして今、この原稿はカルガリーのホテルの1室で書いております(笑)。
そうです、ワタクシ、今度はカルガリーにお引越し~。今はまだバンクーバーにいるけれど、今回は家を見に、息子とともに相方の出張についてきました。今は、相方、毎週、月曜と金曜のみバンクーバーオフィスで、残りはカルガリーオフィスで勤務中。まだバンクーバーの仕事を引き継ぎ切ってないので、相変わらず残業と休日出勤から抜け出せませんが、後少しで脱出出来る予定。
ということで、上手く行けば、次の配信はカルガリーから。今回で通算10回目のお引越。今度は乳飲み子連れての引越なんで、かなり大変そうと今から少しぜーぜーしてます(笑)。無事に引越が終わる様に祈ってて下さい。
Cheers!!
mika@今はまだバンクーバー
さて、息子も目出たく6ヶ月を迎えました。つい先日から離乳食も試みて、今は10倍粥を一日に一回食してます。あれだけ真剣に私たちがモノを食べていると見つめていたり、取り上げようとしていた割に、がっつく事も無く、毎回
「何コレ?」状態で口をモグモグやってます。
でも、聞いてはいたけれど、新しい食材・味を口にする度にスッゴイ変な顔するのね。「ウへ~」って感じな顔。その顔をカメラに収めようと思うんやけど、ホントの一瞬だし頭が動くからなかなか形に残せない。ま、横着せんとビデオで撮れば良い事やねんけれど(笑)。
***
母になって6ヶ月、少しは母業にも慣れそうなもんやけど、それでも毎日の様に『初めて』はやってくる。母になって初めて気づいた事。それは父と母の違い。
中高は女子校だったけれど、大学は共学で、そこからずっと仕事でも、海外の留学先でも、どこでもずっと『男女均等』的な中で育って来た私。確かに、日本の大学卒業してすぐに勤めた商社はビックリせんばかりの男社会だったけど、そこには1年しか留まらなかったし、普通に仕事して行く上で、あんまり男女の違いを感じる事は無かったのね。
あ、そりゃ、体力の違い、仕事のやり方の違いって言うのはあったけれど、生活に対しての男女の違いっちゅうものを目の当たりにする事は無かった。
それが息子が生まれてからは、一変。
女の人の場合、子供を産むって作業は『きれいごと』では決して済まされ無い。予定帝王切開だったとしても、自分の体にメスが入る訳だし、治るのには時間がかかる。
私の場合は前回も書いた通りの激しいお産ときたら、ホントにきれいごとなんて言ってられない。それに授乳のオッパイの痛みとか、母って痛い事いっぱいやん?
新生児のケアって、初めて親になった人には本当に『初めて』だらけだし、毎日の様にチャレンジはやってくる。お産で痛手を受けてようが、オッパイが痛かろうが、休む事は出来ない。そんなところに『きれいごと』の入る予知は無し。
ところが、男の人は、お産に立ち会ってたって、充分、『きれいごと』は言い続けられる。たとえば、男の人で「う●ちのオムツは替えられない」とか、言う人いるけど、ホンマねぇ、「アホな事抜かすな!」言うてしまいそう。
うちの相方は、そこまでは言わんけれど、それでも母の立場からすると「は?何言うてんの?」言う様な言動はある。
例えば、息子が生まれてから、私1人で外出したのは、たった1回。髪の毛を切りに行った1時間。それ以外は、「え~、でもさぁ、泣いたらどうするよ」と来る。うちは母乳オンリーだったから、確かにそれはそうやねんけど、でも搾乳してたって同じ事を言う。
「え~、哺乳瓶なんて人工のものからあげるのは可哀想」だと。それでも、自分の毎朝のランニングは欠かさない。
私の場合、海外が長いせいもあって、相方が育児を手伝うのは当たり前という観点がある。プラスで今は仕事もマタニティ休暇(カナダでは1年まで手当がでます)だけれども、もともとは専業主婦では無いから、パートナーが家事を手伝うのも当然という感覚がある。
で、お互い働いてる時は、何も言わなくてもしっくりと来ていたのが、子供が生まれて以来、騒動は絶えず。母の立場からすると、「これくらい分かれよ」と思う事も、父には全然分からんし、気づかんらしい。
休みの日に出かけるときも、父本人は出かけたい時に出かけたい。息子の昼寝のパターンや、食事のパターン、など全く気にかけない。で、一旦息子の準備ができると、今度は父の見たいテレビが始まったりする。なので、またもやダラダラ状態。
そうなると間にいる母は益々イライラ増大。
ふと思うのは、日本では、まだまだ「母が家に入り、父は働きに出る」というのが多い様な気がするけれど、それでも、皆さん、にこやかにやってるって事。日本の母の皆さん、ホントえらいなぁ。
私なんて、生じっか長い間働いていただけに、相方が仕事でのストレスがあっても、「それはシングルでいたってあるんだから、自分で頑張って立ち直って」というところ。それよりも「育児は『家族』のものなんだから、そこもしっかりとやるべき」と、手厳しい。
確かに、母乳オンリーで育てているから、夜中に相方が出来る事は少ない。隣にいてくれて助けてくれれば嬉しいけれど、それは彼の仕事での生産力低下につながるし、それが残業につながる、ということで、うちでは初めのウチから相方は違う部屋で寝ている。それがアカンかったんかも知れんけれど相方に慣れるのに時間がかかったし、今でも相方に抱かれて寝るってことは皆無。
プラスで、なぜか息子が生まれる直前から相方の仕事が急に忙しくなった。今まで定時で帰れてたのに、今では休日出勤+残業いっぱい。益々、息子と過ごす時間も減ってる。もともと全く仕事命というタイプでもない相方。ただ、人付き合いの要領が良いほうでは無いので、仕事があると、キッチリとこなそうとするので時間もかかる。そこが良いところでもあるのだけれど、仕事場ではそれが故に利用される事も多い。
ウチでは私にプレッシャーかけられるし、プラスで息子が慣れるのにも時間がかかってる。これは父と母の違い以上の事態になって来た。普段ならこういうところでは行動を起こさん相方も、これではイカンと思ったんやろね。
ある日、相方、職場から電話かけて来た。
「実はさ、プロジェクトでカルガリーに行く可能性が出たんだけど、どう思う?」って。
南アフリカ出身の相方は、めっぽう寒さに弱い。NYから西海岸に戻った訳は、あの厳しい寒さから抜け出す為。ところがカルガリーの冬ってNYなんてお話しにならない程、厳しい。私的には冗談で「カルガリーなんてどう?」って言ってた事があるけれど、まさか相方の口からカルガリー行きの可能性を打診されるなんて。
相方の今の職場、自分から、まず『行きたい』という気がなければ、降って湧く事の無いカルガリー行き。蓋を開けてみると、カルガリーに行く事によって残業が無くて、プラスで昇給があるという事。プロジェクトの間だけカルガリーにいれば良いので、2年程の期間限定だと言う事。
「いいんじゃない?少なくても、今の状況から抜け出せるし、プラスで新しい土地を見てみる事が出来るし。プラスで息子も小さいから動くなら今のウチ」と私。
そして今、この原稿はカルガリーのホテルの1室で書いております(笑)。
そうです、ワタクシ、今度はカルガリーにお引越し~。今はまだバンクーバーにいるけれど、今回は家を見に、息子とともに相方の出張についてきました。今は、相方、毎週、月曜と金曜のみバンクーバーオフィスで、残りはカルガリーオフィスで勤務中。まだバンクーバーの仕事を引き継ぎ切ってないので、相変わらず残業と休日出勤から抜け出せませんが、後少しで脱出出来る予定。
ということで、上手く行けば、次の配信はカルガリーから。今回で通算10回目のお引越。今度は乳飲み子連れての引越なんで、かなり大変そうと今から少しぜーぜーしてます(笑)。無事に引越が終わる様に祈ってて下さい。
Cheers!!
mika@今はまだバンクーバー
Wednesday, July 29, 2009
Vol. 2 - No. 13
お久しぶりです
お久しぶりです。産休を頂いてから早6ヶ月。早産の恐れがあり、年末で仕事を辞め、家で待機生活に入っていたのですが、結局、予定日のバレンタインデーを過ぎても出て来ず、最終的に産まれたのは、それから5日後の19日。
いやぁ、大変でした。
カナダの中でもドクターによって違うのかも知れないけれど、私の場合は36週を過ぎた後は、ノンストレステストも、エコーも、内診も何も無く、出て来るまで待とう、という放置技。
結局、初の陣痛を感じてから産まれるまでが5時間弱という怒濤の出産。それも子宮口が1センチから10センチまで開くのに要した時間2時間弱。なので、痛み止めも何も間に合わず、また早い展開で痛みも強く、トラックに轢かれたかの様な気分の出産でした。息子も胎便にまみれて、その上、心拍数も下がって、アメリカだったら帝王切開になるところ、こちらは「押し出しなさい!」との事で、結局は、母も産道にダメージ負った、かなり激しい出産となりました。
そして産まれた息子は、4000グラムを超えるビッグボーイ。おかげで母は6週間程ベッドレストというおまけ付き。
でも、こっちってね。「ベッドレスト」って言っておきながら、数日で退院やし、息子におっぱいはやらないとイケナイし、基本的に、「ベッドレスト」なんて無理状態。多分、だから「6週間」なんやろね。
こちらは「母乳」に重きを置いているのだけれど、とにかく母乳が出なくてもクワエさせ続け、その間、何もあげないで母乳が出て来るのを待つ。という少々荒技。でも、なかなか浸透し切ってはいないようで、そこまでの過程で、挫折する人もかなり多いらしくって、全くの母乳のみで育ててるお母さんは、かなり少ないらしい。
しかし病室が暑かったし乾燥してたので、小さい命にはかなり可哀想な状態で、息子も、泣く泣く。ナースにも「静かにさせなさい」って言われるけれど、そんなん無理無理。暑いしお腹減ってるし、喉乾いてるもんね。そりゃぁ泣くって。体重も10%強減って、どうなる事かと思ったけれど、一旦家に帰ったら母乳も出だしたようで、体重も戻り始めました。
しかし疑問なのは、彼が産まれて早5ヶ月。母の体の検診って一度も無いんだな、これが。普通は6週間で母体の検診するみたいなんだけどさ、どうやらウチのドクター、母はどうでも良いらしい(苦笑)。体調が悪かったりしたら別なんだろうけれど、体調が良くて顔色が良かったらわざわざ検診せんらしい。でも、それって結構、良いようで、複雑。
だって、そのせいで息子も胎便まみれになって心拍数が下がった訳だし、私の深手を負った訳やからねぇ。ちゅうことで、今のところは全く考えてないけれど、もしも次があるならば、今度は、もうチョットちゃんと構ってくれるところへ行こうと思っている私。
さてさて、その胎便まみれの息子ですが、現在5ヶ月。既に歯も生えだし、体格も8、9ヶ月の赤ちゃん並み。最近、高音で叫ぶ事を覚えて、毎日の様に天井を見上げながら奇声を発しております。
育児って、確かに自分の時間は持てないし、やりたい事をやりたい時に出来ないけれど、思ったよりもずっと楽しんでる自分がいて、高齢で産んで良かったと改めて実感している次第。人により何事にも適齢期ってあるんでしょうね。
ではでは、そろそろ息子も起きだしそうなので、今日はこの辺で。
Cheers!!
mika@バンクーバー
お久しぶりです。産休を頂いてから早6ヶ月。早産の恐れがあり、年末で仕事を辞め、家で待機生活に入っていたのですが、結局、予定日のバレンタインデーを過ぎても出て来ず、最終的に産まれたのは、それから5日後の19日。
いやぁ、大変でした。
カナダの中でもドクターによって違うのかも知れないけれど、私の場合は36週を過ぎた後は、ノンストレステストも、エコーも、内診も何も無く、出て来るまで待とう、という放置技。
結局、初の陣痛を感じてから産まれるまでが5時間弱という怒濤の出産。それも子宮口が1センチから10センチまで開くのに要した時間2時間弱。なので、痛み止めも何も間に合わず、また早い展開で痛みも強く、トラックに轢かれたかの様な気分の出産でした。息子も胎便にまみれて、その上、心拍数も下がって、アメリカだったら帝王切開になるところ、こちらは「押し出しなさい!」との事で、結局は、母も産道にダメージ負った、かなり激しい出産となりました。
そして産まれた息子は、4000グラムを超えるビッグボーイ。おかげで母は6週間程ベッドレストというおまけ付き。
でも、こっちってね。「ベッドレスト」って言っておきながら、数日で退院やし、息子におっぱいはやらないとイケナイし、基本的に、「ベッドレスト」なんて無理状態。多分、だから「6週間」なんやろね。
こちらは「母乳」に重きを置いているのだけれど、とにかく母乳が出なくてもクワエさせ続け、その間、何もあげないで母乳が出て来るのを待つ。という少々荒技。でも、なかなか浸透し切ってはいないようで、そこまでの過程で、挫折する人もかなり多いらしくって、全くの母乳のみで育ててるお母さんは、かなり少ないらしい。
しかし病室が暑かったし乾燥してたので、小さい命にはかなり可哀想な状態で、息子も、泣く泣く。ナースにも「静かにさせなさい」って言われるけれど、そんなん無理無理。暑いしお腹減ってるし、喉乾いてるもんね。そりゃぁ泣くって。体重も10%強減って、どうなる事かと思ったけれど、一旦家に帰ったら母乳も出だしたようで、体重も戻り始めました。
しかし疑問なのは、彼が産まれて早5ヶ月。母の体の検診って一度も無いんだな、これが。普通は6週間で母体の検診するみたいなんだけどさ、どうやらウチのドクター、母はどうでも良いらしい(苦笑)。体調が悪かったりしたら別なんだろうけれど、体調が良くて顔色が良かったらわざわざ検診せんらしい。でも、それって結構、良いようで、複雑。
だって、そのせいで息子も胎便まみれになって心拍数が下がった訳だし、私の深手を負った訳やからねぇ。ちゅうことで、今のところは全く考えてないけれど、もしも次があるならば、今度は、もうチョットちゃんと構ってくれるところへ行こうと思っている私。
さてさて、その胎便まみれの息子ですが、現在5ヶ月。既に歯も生えだし、体格も8、9ヶ月の赤ちゃん並み。最近、高音で叫ぶ事を覚えて、毎日の様に天井を見上げながら奇声を発しております。
育児って、確かに自分の時間は持てないし、やりたい事をやりたい時に出来ないけれど、思ったよりもずっと楽しんでる自分がいて、高齢で産んで良かったと改めて実感している次第。人により何事にも適齢期ってあるんでしょうね。
ではでは、そろそろ息子も起きだしそうなので、今日はこの辺で。
Cheers!!
mika@バンクーバー
Wednesday, January 28, 2009
Vol. 2 - No. 12
あれから1年
カナダはバンクーバーからお届けする、このメルマガも、12号目。つまり、
引越からそろそろ1年が経つという訳。
フト、立ち止まって振り返ってみると、実の濃い1年だったなぁ、と思う。
アメリカにいた9年間が種まきシーズンだったとしたら、去年のバンクー
バーの1年は、それがやっと実になった1年になった気がする。
アメリカに到着して1年後に知り合った相方と、カナダへの引越を機に結婚
し、そしてオーストラリア時代、うんうん、もっともっと前から温めていた
「文化関係なく出来る事を職にしたい」という夢を形にする為に、やって来た
色々な経験がグラフィックデザイナーとして、やっとずっしり根付いた気も
する。ま、アメリカ時代はワーキングビザとかビザの制約何やらでチャンス
からチャンスに飛ぶって言う事が侭ならんかったって言うのがネックだった
だけなんですけどね(笑)。
カナダでは、思いのほか永住権がすんなり降りたのと、最初からアメリカ
時代にお世話になったエージェントのおかげで仕事がすんなりあったって
言うのと、ラッキーが重なったのもあったかな。
さて、1年間、このバンクーバーという土地に暮らしてみて、感じた事。
それは、こんな感じ。
1. 辛抱強くてノンビリさん
ま、これは人それぞれかもしれないけれど、結構、カナダの人って辛抱
強い。例えば、アメリカの物価と比べると、カナダの物価って一般的に
お高めな訳で、で、それに対して、文句がほとんど出ないの。
諦めてるっちゅうか、なんちゅうか。「そんな事で文句言っても仕方が
無いじゃん」って感じかな。ま、反対に、カストマーサービスに文句を
言っても、カストマーサービスの対応も「いやぁ、そんな事言われても
ねぇ~」って感じで、こっちが喧嘩をしかけても買ってくれないっって
言うのもあって、何とな~く、諦めさせられるって言うか。
これは東海岸から戻って来たから、そう感じるのかもしれないけれど、
「鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス」的な考え方は、まず上手く
行かないって言うかな。どちらかと言うと「鳴かぬなら、鳴くまで待とう
ホトトギス」って感じ?でも、その待っているうちに、待っている事すら
忘れてしまう人も多い気がする。ま、これは、なかなか良いようで、
悪い事も多し。アメリカにいた頃は二言目には「裁判にするぞ」って言う
態度が出て来るところ、こっちは、強硬に出てもかなり暖簾に腕押し状態。
2. 外国人に寛大。
アメリカって、外国人が多いのだけど、結構、同じ国民同士で固まる傾向
が強い様な気がする。例えば、英語の得意じゃない日本人のコがアルバイ
トしようと思ったら(ま、これがそもそも簡単には出来ないけれど)
やっぱり日本食屋とか日本絡みのお店で働く事が多いでしょ?それは私が
オーストラリアの住んでいる頃もそうだったんだけど、ここ、バンクーバー
は違うの。至る所に日本人がいる。ジューイッシュ系のベーグル屋、ピザ屋、
スポーツ店、中華系のサンドイッチ屋、コーヒーショップなどなど。基本的に、
日本の人って「お客様は神様です」的な感覚があるから、サービス業には
適するんだと思う。ただ、アメリカなどでは英語がつたないって事で雇われ
ないケースが多い中、こっちは英語がつたなかろうが何だろうが雇うし、
またお客さんも、そんな英語がおぼつかない彼らとコミュニケーションを
図ろうと、努力をする。
これって、ホントにバンクーバーの良いところだと思う。アメリカの私の
住んだ街々は、「あ、この子の英語分からないんだけど、誰かなんとか
してよ」とかアカラサマに溜め息をついて肩をすくめる人が結構いる中、
バンクーバーでは、少なくても、そう言う光景を目にする事は、この
12ヶ月間無かった。
職場の同僚に、上の様な感想を述べた時に、彼女から返って来た言葉は、
「だって、彼らは、私たちの母国語を話そうと努力してるのに、それに
対して、何を言おうとしてるか分かってあげられなかったら、こっちの
方が恥ずかしい」というもの。だからかなぁ、いつでも、しっかりと目
を見てコミュニケーションを取ろうとする人が多い気がする。
3. 外国人医師が多い。
これは、変な話なんだけど、シアトルにいる時に、私のカイロプラクター
は、みんなカナダ人だったのね。ところが、カナダに来てからかかった
お医者さんってみんなアメリカ人。これって面白いなぁって思って。
医療従事者の給料って、やっぱりアメリカの方がカナダより格段に良い
らしくって(少なくても数年前までは)、そしてその上、ビザが降り
やすかったりするので、カナダ人の医療従事者にとるとアメリカって
働きやすいらしい。
だから、カナダ人の医療従事者が少ないらしい。カナダの医療ライセン
スって言うのは、システムがややこしいらしくって、アメリカやイギリ
ス他、海外での経験はあまり認められず、開業が認められるには、かなり
長い期間と猥雑な手続きを経ないと無理らしい。なので、確固とした理由
を持った移民の医療従事者が多いのかも。ちなみに、昨今、アメリカで
経験を積んだカナダ人医師達が、カナダへ戻りたいのだけれど、上記の
理由でなかなか戻れないって言うのも、問題になりつつあるらしい。
*****
さてさて、上の様にいくつか挙げてみましたが、人間って、どこに行って
も、それはそれでうまく対応して行けるんだなぁって思う今日この頃。
オーストラリアからアメリカへ移った時も、アメリカからカナダに移った
時も、やはり違う国な訳で、それぞれに良いところも悪いところもある訳で。
だからこそ、不平不満も口にしてしまう訳で。
どんよりとした天気の続く、この季節は、サンタモニカが懐かしいし、
ナイトシーンを考えるとマンハッタンが懐かしい。コンビニ事情を考える
と、日本がホントに懐かしいし、アデレードのジリジリ暑い夏とあの荒野
具合が雨の日には懐かしい。
でも、雪を頂いた山を見る度に、心が安らぐバンクーバー。スキー場まで
1時間なんて言う贅沢な立地条件もバンクーバーならでは。
人間、隣の芝は青く見えるという通り、無い物ねだりなんだよね~。
*****
[番外編]
グニュグニュ、ポコポコ、グォーン。
これは今の私の状態。
実は、ワタクシ、臨月の妊婦。
高齢な事も、その他にもチョコッとリスキーな要素が加わって、今年に
入ってからは仕事もせずに冬眠中の熊さんの如くノンビリしている今日
この頃。ドクターストップがかかっての休職なので、政府からも援助が
出るし、やっぱりカナダって素敵って思っているところ。
もはや、妊娠する事は無いだろうな、と不妊クリニックに顔を出そうか
と思っていたところに産まれて初めて妊娠をした2年前の秋。そして去年
の元旦に、敢無く流産。でも、そのエンジェルがキューピットになり、
重い腰を上げて、結婚。
そして、半年後に、妊娠。色んな心配事に悩まされて、でも、そんな私の
心配をよそにズンズンと元気に育って行ってくれた小ちゃい人。既にいつ
産まれて来ても良いくらいになってくれて、で、グニュグニュ、ボコボコ
と活動中。
なにせ、この年になるまで(2週間前に41才になりました!)子供を産ん
だ事も無ければ、育てた事も無くって、得意な事と言えば、コンピューター系。
アスレチック系。相方も、また同じ。
なので、しばらくは、母業に専念して、産まれてくる小ちゃい人に母として
特訓してもらおうと、出た邦からも半年程産休を頂く事にいたしました。
まだまだ産まれて来るまでは色々なリスクもあるし、産まれて来てからも、
更なるリスク、心配事はあると思いますが、その全てをどっしりと受け止める
事が出来る様、『柔』な態度で臨もうと思っています。
元気な肝っ玉母さんになって戻って来れたら本望です。
ではでは、See you soon!!
Cheers!!
mika@バンクーバー
Saturday, December 27, 2008
Vol. 2 - No. 11
**Let it snow, let it snow, let it snow**
いやはや、すっかりと年末になりましたね。皆さんは素敵なクリスマスを過ご
されましたか?
海外に住むまでは、日本のクリスマスの盛り上がりの凄さに気づく事は無かっ
たのですが、海外に住んでいる今、クリスマス、バレンタインと言ったイベン
トへの日本の盛り上がりがたまに懐かしくなったりします。
今年なんて、久々に相方と2人きりで過ごすクリスマス。それも、銀世界のホ
ワイトクリスマス。なのに、ウチにはクリスマスツリーも無ければ、オーナメ
ントも無し。
いやいや、今年はツリーも飾りたかったし、とてもクリスマスな気分に浸る気
分は満々で、相方も25日からは来年5日まで休みだし、私も24日の午後から
休みの筈で、クリスマスディナーにも繰り出すつもりだったんですが、ちと計
算が狂ってしまいました...
というのも、雪がねぇ、降ってるんですよ。いやいや、次のオリンンピックの
候補地だし、雪が降るのも当たり前やん?って思われる方は沢山いらっしゃる
と思うんですが、聞くところによると、この前にホワイトクリスマスになった
のは10年前。それも積雪量は数センチ。
ところが今年は、とりあえず、既に50センチくらい積もったでしょうか。今
も降ってます。これを書いているのはクリスマスイブ。というのも本来なら出
勤だった今日、会社の入ってるオフィスビルが悪天候の為にクローズ。もう
ねぇ、嬉しいくらい、雪、降ってます。当初の予報ではお昼には気温が上が
り、雪から雨に変わると言われていたのが、今も元気にぼた雪が降ってます。
雪が降ると、何とも言えず嬉しくなってしまう私なんですが、外に出かける事
を考えると、チト考えてしまう状況なのです。って言うのも、普段から降雪量
の多い地区では無い為に、雪に対する対策が、かなり甘いバンクーバー。バン
クーバー市内でラッセル車は18台程稼働しているらしいんだけど、幹線道路
ですら雪かきのされてないところが多く、歩道なんて勿論のことあって無きが
如し。
会社はクローズになったけれど、それでも今朝は8時過ぎから行かなければい
けないところがあり、家を出たのは良いけれど、遭難するかと思いました。父
がスキー選手だった事もあり、小さい頃から雪のある生活には慣れている私で
すが、ここまで雪かきされてない歩道を歩くのはやっぱり辛い。新雪の間を1
本の細いレールが通ってるって感じで道無き道を進んで行くって言う感じ。
それもこれも、雪が降り出して、すでに1週間。そりゃ、自分の家の目の前の
雪はどけるけれど、それでも、歩道の雪なんかはわざわざどけに来る人はいな
い。で、+で怖いのは、スノータイヤもつけない普通の乗用車が普通に道を
走ってるってこと。もちろんツルツルと滑りながら。だってチェーンつけてる
車も見ないし...なので歩道で信号待ちの歩行者達も、信号が変わってからも、
本当に突っ込んでくる車がいないか確かめてからじゃないと、道を渡れない。
自分の車が四駆でスノータイヤを履いていたって、周りの車が滑り出してぶつ
かって来る可能性が大。その上、歩行者の中にも、いつものように信号が赤に
変わりかけても横断歩道に突入してくる輩がいるし。氷や雪が水分と結びつい
た時に、どれだけ滑るか分かってない人が多いだけに、道路に出るにもヒヤヒ
ヤする事多し。
そんなだから、クリスマスショッピングだって、そんな天気の中で行く気にも
なれないし、ロマンティックなクリスマスディナーだって、そこに出かける手
間とか考えると足が遠のいてしまう。あらあら、予報によると、明日まで降り
続いて、まだまだ積もるそうですわ。
ということで、今年のクリスマスは暖炉の前に座って、しんしんと降る雪を眺
めながらクリスマスクッキーとホットミルクで過ごす事になりそうです(笑)。
ちなみに、どれだけ降ってるか気になる方は、下のリンクにお越し下さい。
http://photos.mika-kb.com/snow
(期間限定1/15まで)
******
みなさんのクリスマスはどんなでした?ここから新年に向けて、忘年会も佳境
に入る頃だと思います。不景気/不況と色んな気が重くなる事はあるでしょう
が、それでもフェスティブ気分は忘れずに、気持ちよく遊んで素敵な新年を
お迎えください。
今回の配信が『出た邦北米版』の2008年最後の配信になります。今年も
ご愛読頂きどうもありがとうございました。また来年2009年もヨロシク
お願いいたします。
Wishing you a very happy new year!!!
Cheers!!
mika@バンクーバー
いやはや、すっかりと年末になりましたね。皆さんは素敵なクリスマスを過ご
されましたか?
海外に住むまでは、日本のクリスマスの盛り上がりの凄さに気づく事は無かっ
たのですが、海外に住んでいる今、クリスマス、バレンタインと言ったイベン
トへの日本の盛り上がりがたまに懐かしくなったりします。
今年なんて、久々に相方と2人きりで過ごすクリスマス。それも、銀世界のホ
ワイトクリスマス。なのに、ウチにはクリスマスツリーも無ければ、オーナメ
ントも無し。
いやいや、今年はツリーも飾りたかったし、とてもクリスマスな気分に浸る気
分は満々で、相方も25日からは来年5日まで休みだし、私も24日の午後から
休みの筈で、クリスマスディナーにも繰り出すつもりだったんですが、ちと計
算が狂ってしまいました...
というのも、雪がねぇ、降ってるんですよ。いやいや、次のオリンンピックの
候補地だし、雪が降るのも当たり前やん?って思われる方は沢山いらっしゃる
と思うんですが、聞くところによると、この前にホワイトクリスマスになった
のは10年前。それも積雪量は数センチ。
ところが今年は、とりあえず、既に50センチくらい積もったでしょうか。今
も降ってます。これを書いているのはクリスマスイブ。というのも本来なら出
勤だった今日、会社の入ってるオフィスビルが悪天候の為にクローズ。もう
ねぇ、嬉しいくらい、雪、降ってます。当初の予報ではお昼には気温が上が
り、雪から雨に変わると言われていたのが、今も元気にぼた雪が降ってます。
雪が降ると、何とも言えず嬉しくなってしまう私なんですが、外に出かける事
を考えると、チト考えてしまう状況なのです。って言うのも、普段から降雪量
の多い地区では無い為に、雪に対する対策が、かなり甘いバンクーバー。バン
クーバー市内でラッセル車は18台程稼働しているらしいんだけど、幹線道路
ですら雪かきのされてないところが多く、歩道なんて勿論のことあって無きが
如し。
会社はクローズになったけれど、それでも今朝は8時過ぎから行かなければい
けないところがあり、家を出たのは良いけれど、遭難するかと思いました。父
がスキー選手だった事もあり、小さい頃から雪のある生活には慣れている私で
すが、ここまで雪かきされてない歩道を歩くのはやっぱり辛い。新雪の間を1
本の細いレールが通ってるって感じで道無き道を進んで行くって言う感じ。
それもこれも、雪が降り出して、すでに1週間。そりゃ、自分の家の目の前の
雪はどけるけれど、それでも、歩道の雪なんかはわざわざどけに来る人はいな
い。で、+で怖いのは、スノータイヤもつけない普通の乗用車が普通に道を
走ってるってこと。もちろんツルツルと滑りながら。だってチェーンつけてる
車も見ないし...なので歩道で信号待ちの歩行者達も、信号が変わってからも、
本当に突っ込んでくる車がいないか確かめてからじゃないと、道を渡れない。
自分の車が四駆でスノータイヤを履いていたって、周りの車が滑り出してぶつ
かって来る可能性が大。その上、歩行者の中にも、いつものように信号が赤に
変わりかけても横断歩道に突入してくる輩がいるし。氷や雪が水分と結びつい
た時に、どれだけ滑るか分かってない人が多いだけに、道路に出るにもヒヤヒ
ヤする事多し。
そんなだから、クリスマスショッピングだって、そんな天気の中で行く気にも
なれないし、ロマンティックなクリスマスディナーだって、そこに出かける手
間とか考えると足が遠のいてしまう。あらあら、予報によると、明日まで降り
続いて、まだまだ積もるそうですわ。
ということで、今年のクリスマスは暖炉の前に座って、しんしんと降る雪を眺
めながらクリスマスクッキーとホットミルクで過ごす事になりそうです(笑)。
ちなみに、どれだけ降ってるか気になる方は、下のリンクにお越し下さい。
http://photos.mika-kb.com/snow
(期間限定1/15まで)
******
みなさんのクリスマスはどんなでした?ここから新年に向けて、忘年会も佳境
に入る頃だと思います。不景気/不況と色んな気が重くなる事はあるでしょう
が、それでもフェスティブ気分は忘れずに、気持ちよく遊んで素敵な新年を
お迎えください。
今回の配信が『出た邦北米版』の2008年最後の配信になります。今年も
ご愛読頂きどうもありがとうございました。また来年2009年もヨロシク
お願いいたします。
Wishing you a very happy new year!!!
Cheers!!
mika@バンクーバー
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