## オリンピックに行って来た ##
早いもんで、家のボンもめでたく1歳。産まれる前に購入したバンクーバーオリンピックのチケットは、奇遇にもボンの1歳の誕生日に開催されるイベントのもの。ちゅうことで、ボンの誕生日はバンクーバーで過ごして来た也。
*****
去年、引越の話が上がったとき、一番に思ったのは、オリンピックの事。折角バンクーバーに住んで、オリンピックを目前に、引越なんて、ちょっとちょっと、って誰もが思うと思うんだな。
もちろん、そう思った私。相方に、「ねぇ、来年の3月から引越って出来へんの?」と一応食い下がってみた。でも、返事は「いや、そんなんしたら、クビになるって」。
ま、そうやわね。
出来れば、オリンピックに関わりたかったけれど、乳飲み子連れの身分では、まぁ、無理やわね。
ま、預けるって言うオプションはあるけど、それはしたくなかったから、そう思ったら、別にバンクーバーにおらんでもエエやん、って言うより、おらん方が諦めつくやん、思ってカルガリーに引越した。
そして迎えたバンクーバーオリンピック。
久々のバンクーバーは、ちょっとお粧ししてるって感じ(笑)。去年、工事中だった場所全てが綺麗にライトアップされて、すっかり見違えた。
私たちが行ったイベントはウィスラーで行われたスーパーG。空港のある街、リッチモンドの友人の家に泊まって、そこからは公共交通機関でオリンピックネットワークのバス乗り場へ。
オリンピックを訪れるのは、今回で2回目の私。1度目は長野オリンピック。あの時はIOCの役員のアシスタントで行ったので、いつもドライバーがついていて、自分で会場への足を確保する事は無かったから分からないんだけど、今回のオリンピックの交通の便はかなり上手く構成されていた。
オリンピックチケット保有の人は、そのイベントの日に限り公共交通機関が全て無料になるシステム。そして私たちの様にウィスラーやサイプラスマウンテンといった公共交通機関で行けない場所のイベントには、ダウンタウンからオリンピックネットワークバスというシャトルバスが出る仕組み。
このシャトルバス、乗るのにお金を取られるのだけど、バンクーバーからウィスラー片道3時間かかるバスの旅、往復で25ドルとかなり良心的なお値段。チケットを持っている人しか買えないシステムになっているから、売り切れる心配も無い。
バンクーバーに住んで、運営プランを聞くたびに、交通渋滞を避ける事は絶対に無理だと思っていたのだけれど、バンクーバーからウィスラーへ向かう道は全く渋滞も無く、スムーズ、スムーズ。実際、通常時よりも交通量は少なかった様に思う。
ウィスラーについてから、競技会場まではおよそ2キロの道のりを、歩くか、もしくはチェアリフトと聞いていて、幼子連れの私たちは、かなりの覚悟を決めて、ベビーカーと子供を乗せれるリュックと両方用意して行ったものの、バスを降りたら係員が迅速に優先バス(体の不自由な人と小さい子連れの家族)へ誘導してくれ、競技会場までバス
にて送ってもらえた。
会場内はベビーカーが禁止なのだけど、ちゃんとスタンド横にベビーカー置き場(テント内)があり、そしてそこで授乳や着替えも出来る様になっている。そのテント内のスタッフは初老の女性のみ(これは、もしかしたら偶然かもしれないけれど)と痒いところに手の届く配慮がされていた。
まぁ、難を言えば、今回のオリンピックの公式スポンサーがVISAと言う事で、マスターズなど、VISA以外のクレジットカードが使えない事かな。ラッキーにも私たちのメインのクレジットカードがVISAだったので、私たちは不自由はしなかったけど...
2泊3日の強行軍で行ったので、ダウンタウンの観光や、スポンサー各社のパビリオンに行く事は出来なかったのだけれど、どこもすごい行列だったようだし、ま、それはそれで良かったかなッと。
しかし、何よりもビックリしたのは、道行く人の大半がカナダのロゴやオリンピックロゴの入った服を着ていた事。アメリカに住んでいた頃は、祭日の度にアメリカ国旗をみかけたり、アメリカのロゴが入ったシャツを着ている人を良く目にする事はあったけれど、カナダに来て以来、そう言う事が全くなかっただけに、カナダ国旗で赤く染められた街を見て、ある意味、『カナダもやるやん』と。
それに触発されて、帰りに空港でちゃっかりオリンピックのロゴが入った真っ赤なミトンとカウベルをお買い上げ(笑)。今回オリンピックに行くまでは、なんとなぁく、カナダにお客さん感覚で住んでいた私の気持ちがチョット変わった。
今までは、カナダはカナダだったけれど、私の中に『カナダ=マイホーム』という数式が出来上がった。期間限定かもしれないけどね(笑)。
さて、残り少しのオリンピック。カウベル片手に楽しむとしますか。
*****
カナダ、カルガリーはmikaがお届けいたしました。
Saturday, February 27, 2010
Wednesday, January 20, 2010
Vol. 3 - No. 4
遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます!今年も宜しくお願いいたします。
*****
6日に、日本からカナダに戻って来たんですが、子連れで体験する初めての日本は、実際のところ「不便ね~」って思う事が沢山。子供を持つまでは、「日本=便利」の数式が成り立ってたから、それだけにビックリ。
こりゃ、少子化に拍車をかけるのも無理無いよね。と、しきりに頷いてしまいました(笑)。もちろん、これは良い、って思う事もあったので、頭に思い浮かんだ事から述べて行くと、こんな感じ。
困ったね、って思ったのは、
★エレベーターが少ない、または故障してる★
これねぇ、ベビーカーで移動する人にとって、すごい痛手。各駅に1つはエレベーターは設置されてる様やねんけど、故障してて使えなかったり、すごい不便なところにエレベーターがあったりで「意味ないやん」と思う事も多し。
で、特に東京で、階段をベビーカーをかついで上っても、見て見えないフリして、階段いっぱいに広がって談笑している社会人達。
★バスにベビーカーを乗せられない★
これは、神戸の市バスの話。私が乗る路線は、病院もあって、結構な量のお年寄りが利用してる。
でもね、バスに車イスも乗せられないし、お年寄りや小さい子向けに段差も少なくしてないし、「健常者以外は乗らないで」って感じ。
それでもベビーカーを畳んで、乗り込んだのだけれど、ベビーカーを置けるスペースも無いのね。とりあえず、シートの下に滑り込ませたけれど、それでも、キチンと入りきらなかったから、結局は、バスを使用する事はそれ以降なかったんだけどね。
★電柱がガードレール内にある★
これは、実家の周りだけかもしれないんだけど、歩道がちゃんとあるのは良いのだけれど、ガードレールで囲まれた歩道の中に電柱があるのね。なので、ベビーカーを押してると、通れない!
さすがに、近所に老人のデイケア施設が出来たから、そこの前は歩道も広げてあるんだけど、これは、ねぇ。おかげで、何度車道を通らなきゃイケナイ羽目になったか...
★ハイチェアを置いているレストランが少ない★
これにはビックリ。アメリカでもカナダでも、そして南アフリカでも、レストランやコーヒーハウスに入ったら、必ずと言って良い程、セーフティーベルトのついているハイチェアが置いてあるんやけど、日本では、全く、お目にかからんかった。
あっても、セーフティーベルトのついてないチョット高めのイスが精一杯。
これにはチョット困りました。フードコートとかだったらあるかなって思ってんけど、無くって、結局、抱いたまま、何かを食べさせたり、と不便。もう1人大人がいたら、大分、楽やけど、これは大人1人で赤ちゃんを連れて外へ出るのは難しいねぇ。
反対に、こんなとこは良かったかな、と思ったのは、
☆デパートに赤ちゃん施設が増えていた☆
すべてのデパートではないだろうけれど、結構な数のデパートに授乳室や、ベビーフードを食べさせられる設備が出来ていた事。
一件、東京で入ったところは、授乳室にベビーカーを押して入ったら、ベビーカーを置くスペースも無い、トイレの個室よりも狭い空間だったのでビックリしたけれど、それでもある方が、無いよりも100倍良い。
☆歩道の端っこが低くなってる☆
なんて形容したら良いのか分からないんだけど、横断歩道を渡って、歩道に上がる時、歩道と車道の境いの部分が、ちゃんとなだらかな斜面になっている事。アメリカでもカナダでも、私の住んでいる(た)都市では、歩道の一カ所のみが斜面になってるだけで、後は段差があるので、チョットの事なんだけど、ベビーカーを押してる時は大変助かるのです。
☆すぐれものの赤ちゃんグッズが多い☆
何て言っても、ペットボトルにそのままつけられるストローセットは大ヒット。あと、スナック類も多いし、味も美味しいのね。こりゃ、嬉しい、って思うものがいっぱいで、ウキウキしながら買い物しました。
*****
さて、そんな感じの子連れ日本旅行でしたが、残念だなって思ったのは、やっぱり『優先座席』って書いてあっても、無視して座ってる健康な若者が多い事や、ドアの開閉やちょっとしたことで『譲り合い』や『助け合い』が見られなかった事。
他の事では礼儀正しさやサービスの良さで有名な日本なのに、席を譲ったりって事が行われないのも確か。「断られるのがイヤだから」という話を良く聞くけれど、それは文化の違いだな~って思うんよね。
私も、昔、席を譲ろうとして、「そんなに年寄りじゃありません!」って言われて赤面した事もあったしねぇ。友達が妊婦さんに席を譲ろうとして『妊婦じゃありません』って言われた事もあったらしいし、なかなか席を譲るんは難しいんだよね。実際には、断られたからって何にも恥ずかしい事は無いんやけど、何でかね、なんか『拒否』された様な気がするんですな。
だからこそ、見て見ぬ振りする事が多いんかな?実際に、『すみません』って言ったら、愛想良く助けてくれる人もいるしねぇ。
ただ、やっぱり女の人が重そうな荷物を持っていたら、ドアを開けて待っててくれるジェントルマンな日本人も、もっと増えてくれたら良いなぁ、と思ったのでした。
*****
そんな、色々と思った日本旅行でしたが、やっぱりご飯は日本のものが良いなぁ、と改めて実感。我が息子も、日本に行くまで、全くと言って良い程、離乳食を口にしなかったのに、日本に帰った瞬間から、煮物類を食べるは、食べる。
行くまでは梨のペーストしか食べへんかったのにね。一時期は人参とかカボチャも食べてたもん。ま、しばらくしたら、野菜は大根とカブラくらいしか食べなくなってんけどさ。
で、コッチ帰って来てからは、毎食、豆腐かうどん、もしくはソバ。
いやぁ、日本人やね。
しっかし、時差ボケはきつかったす。
*****
ということで、ダラダラ書いてしまいましたが、今年もヨロシクお願い申し上げます。
cheers,
mika@カルガリー
*****
6日に、日本からカナダに戻って来たんですが、子連れで体験する初めての日本は、実際のところ「不便ね~」って思う事が沢山。子供を持つまでは、「日本=便利」の数式が成り立ってたから、それだけにビックリ。
こりゃ、少子化に拍車をかけるのも無理無いよね。と、しきりに頷いてしまいました(笑)。もちろん、これは良い、って思う事もあったので、頭に思い浮かんだ事から述べて行くと、こんな感じ。
困ったね、って思ったのは、
★エレベーターが少ない、または故障してる★
これねぇ、ベビーカーで移動する人にとって、すごい痛手。各駅に1つはエレベーターは設置されてる様やねんけど、故障してて使えなかったり、すごい不便なところにエレベーターがあったりで「意味ないやん」と思う事も多し。
で、特に東京で、階段をベビーカーをかついで上っても、見て見えないフリして、階段いっぱいに広がって談笑している社会人達。
★バスにベビーカーを乗せられない★
これは、神戸の市バスの話。私が乗る路線は、病院もあって、結構な量のお年寄りが利用してる。
でもね、バスに車イスも乗せられないし、お年寄りや小さい子向けに段差も少なくしてないし、「健常者以外は乗らないで」って感じ。
それでもベビーカーを畳んで、乗り込んだのだけれど、ベビーカーを置けるスペースも無いのね。とりあえず、シートの下に滑り込ませたけれど、それでも、キチンと入りきらなかったから、結局は、バスを使用する事はそれ以降なかったんだけどね。
★電柱がガードレール内にある★
これは、実家の周りだけかもしれないんだけど、歩道がちゃんとあるのは良いのだけれど、ガードレールで囲まれた歩道の中に電柱があるのね。なので、ベビーカーを押してると、通れない!
さすがに、近所に老人のデイケア施設が出来たから、そこの前は歩道も広げてあるんだけど、これは、ねぇ。おかげで、何度車道を通らなきゃイケナイ羽目になったか...
★ハイチェアを置いているレストランが少ない★
これにはビックリ。アメリカでもカナダでも、そして南アフリカでも、レストランやコーヒーハウスに入ったら、必ずと言って良い程、セーフティーベルトのついているハイチェアが置いてあるんやけど、日本では、全く、お目にかからんかった。
あっても、セーフティーベルトのついてないチョット高めのイスが精一杯。
これにはチョット困りました。フードコートとかだったらあるかなって思ってんけど、無くって、結局、抱いたまま、何かを食べさせたり、と不便。もう1人大人がいたら、大分、楽やけど、これは大人1人で赤ちゃんを連れて外へ出るのは難しいねぇ。
反対に、こんなとこは良かったかな、と思ったのは、
☆デパートに赤ちゃん施設が増えていた☆
すべてのデパートではないだろうけれど、結構な数のデパートに授乳室や、ベビーフードを食べさせられる設備が出来ていた事。
一件、東京で入ったところは、授乳室にベビーカーを押して入ったら、ベビーカーを置くスペースも無い、トイレの個室よりも狭い空間だったのでビックリしたけれど、それでもある方が、無いよりも100倍良い。
☆歩道の端っこが低くなってる☆
なんて形容したら良いのか分からないんだけど、横断歩道を渡って、歩道に上がる時、歩道と車道の境いの部分が、ちゃんとなだらかな斜面になっている事。アメリカでもカナダでも、私の住んでいる(た)都市では、歩道の一カ所のみが斜面になってるだけで、後は段差があるので、チョットの事なんだけど、ベビーカーを押してる時は大変助かるのです。
☆すぐれものの赤ちゃんグッズが多い☆
何て言っても、ペットボトルにそのままつけられるストローセットは大ヒット。あと、スナック類も多いし、味も美味しいのね。こりゃ、嬉しい、って思うものがいっぱいで、ウキウキしながら買い物しました。
*****
さて、そんな感じの子連れ日本旅行でしたが、残念だなって思ったのは、やっぱり『優先座席』って書いてあっても、無視して座ってる健康な若者が多い事や、ドアの開閉やちょっとしたことで『譲り合い』や『助け合い』が見られなかった事。
他の事では礼儀正しさやサービスの良さで有名な日本なのに、席を譲ったりって事が行われないのも確か。「断られるのがイヤだから」という話を良く聞くけれど、それは文化の違いだな~って思うんよね。
私も、昔、席を譲ろうとして、「そんなに年寄りじゃありません!」って言われて赤面した事もあったしねぇ。友達が妊婦さんに席を譲ろうとして『妊婦じゃありません』って言われた事もあったらしいし、なかなか席を譲るんは難しいんだよね。実際には、断られたからって何にも恥ずかしい事は無いんやけど、何でかね、なんか『拒否』された様な気がするんですな。
だからこそ、見て見ぬ振りする事が多いんかな?実際に、『すみません』って言ったら、愛想良く助けてくれる人もいるしねぇ。
ただ、やっぱり女の人が重そうな荷物を持っていたら、ドアを開けて待っててくれるジェントルマンな日本人も、もっと増えてくれたら良いなぁ、と思ったのでした。
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そんな、色々と思った日本旅行でしたが、やっぱりご飯は日本のものが良いなぁ、と改めて実感。我が息子も、日本に行くまで、全くと言って良い程、離乳食を口にしなかったのに、日本に帰った瞬間から、煮物類を食べるは、食べる。
行くまでは梨のペーストしか食べへんかったのにね。一時期は人参とかカボチャも食べてたもん。ま、しばらくしたら、野菜は大根とカブラくらいしか食べなくなってんけどさ。
で、コッチ帰って来てからは、毎食、豆腐かうどん、もしくはソバ。
いやぁ、日本人やね。
しっかし、時差ボケはきつかったす。
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ということで、ダラダラ書いてしまいましたが、今年もヨロシクお願い申し上げます。
cheers,
mika@カルガリー
Saturday, December 26, 2009
Vol. 3 - No. 3
里帰り日本編
メリークリスマス!クリスマスのイルミネーション、存分に楽しみました?このメルマガが届く頃、我が家も一家で大阪の中の島辺りのイルミネーションを鑑賞に行きたいと目論んでいるところ。さて、明日からは気分をサクッと
変えて、お正月の用意やね。
*****
さてさて、先月の南アフリカに引き続き、今度は久々に日本でござります。まず、行きは、私と息子だけの二人三脚。いやはや、子連れ旅行って、大変やね。子連れということで、今回は奮発して某日系のファミリーサービスに
申し込んで帰ってきた。
でも、ここだけの話、カルガリーから飛ぶ場合、ファミリーサービスって、あんまり恩恵被られへんのね。知らなんだ。カルガリーからバンクーバーは国内線で飛ぶんだけど、そこは日系の会社ではないので、もちろん、なんの追加アシストをしていただけるわけではなく、そしてバンクーバーでの乗り換えも、国際線のチェックインカウンターまでは自力で行かなアカン訳で、で、その国際線のチェックインカウンターっていうのは、搭乗ゲートにあるわけだ。
なので、そこでのアシストもなし。
ただ、機内ではフライトアテンダントのお姉さん方には非常にお世話になりました。これはファミリーサービスを頼んでいたからなのか、頼んでいなくても一緒なのかは不明だけれど、本当に至れり尽くせり。ご飯を食べるときには
抱いておいてくれるし(でも、うちはボンが泣き叫び、2分ほどしか無理でしたが)荷物も手伝ってくれるし、本当に大助かり。その上、国内線まで時間があるからと、お水とスナックまで持たせていただき、プラスで手書きのメッセージまで。ホントに感激しましたよ。
で、成田では、本来ファミリーサービスの方が、ゲートまで出迎えてくれるはずだったのが、一緒に搭乗していた修学旅行の団体さんのうち一人がパスポートをバンクーバーに忘れるという大失態。おかげで、すべての人員がそっちに手を取られて、私は放置状態。まだ国内線への乗り継ぎもあるし、どうしよう、と思っていたら、先ほどの飛行機に乗ってられたフライトアテンダントのご一行が荷物のターンテーブルのところにご到着。で、困ってる私に気づいて、結局、一人の方が、オフィスまでダッシュしてくださり、あいてる地上職員を引っ張ってきてくれました。やはり、人気職種のテンダンさん、機転の利き方が違うと感心しました。
で、荷物をとってもらったところ、なんとスーツケース破損!
ホンマねぇ、重なるときには重なるね。もう大概へとへとやったし、どうにでもなれ状態やったけど、ま、その処理も無事終わり、やっと国内線方面へ。
しかし、成田の第2ターミナル、国際線から国内線乗り継ぎまで遠いねんね。3時間もあるし、楽勝や!思てたら、結局、国内線の搭乗ゲートについたんは、搭乗開始時間の10分前。子連れ旅行は時間かかるね。ホンマ、飛行機の中では時間が経つのを指折り数えたけれど、でも振り返ってみれば、うちの子は、旅上手やな、と有り難く実感。
まぁ、でも、日本帰ってきて思うんは、日本ってウルサいね。ウルサいって言ったら語弊があるかな?まぁ言えば、コンピューターによる音声が多いねん。家に入れば、音楽が流れて「熱湯が湧きました」、しばらくすると別の音楽が流れて「ご飯が炊けました」そして、またしばらくすると「保温を開始します」で、外に出ると、「右に曲がります」ってトラックが言うし、車に乗れば、センサーが「Nシステムです」とか「Hシステムです」とか、ひっきりなしに、何らかの音が鳴るねん。うちの親曰く、「慣れたら聞いてへんから気にならへん」らしいねんけど、やったら、そんなアナウンスいらんのちゃうん?と思うのは海外暮らしが長いんかなぁ?
プラスで丁寧よね。ホントに。セールスの電話でさえも、かかってきて、かけてくる方も、切る方も丁寧やねん。アメリカ/カナダやったら「結構です。ガチャン」って終わるところ、結構、うちの母の年代はオブラートに包んで言うから、てっきり知っている人としゃべってるんかと思ってたら、勧誘の電話やったって。
久々の日本やから、浦島太郎状態で、プリペイドのケータイを持つも、分からんことがいっぱいで、プリペイドカード買うのも、コンビニで「実は、日本久しぶりなんでシステムが分からないんです」って言ったら、懇切丁寧に教えてくれるし、これは、アメリカでは、あんまりあり得へんよね。ホント、甘やかされるわ(笑)。
相方が合流してから久々に東京へ観光へ行こうと決めたは良いけれど、色々なチケットがあって、どう買ったら一番得なんか分からなくて、みどりの窓口へ行ったら、もう色々なオプション全てを丁寧に計算してくれはって、どのプランが一番安いか教えてくれてん。
こういうのって日本のホンマにええところやな、と心から実感。日本て、ホント義理人情の世界やと、あらためて痛感。今はまだ小さいウチの息子さん、見かけは洋風やけど、半分は和の血筋な訳やから、この日本の、時には面倒くさい「義理人情」の世界をちゃんと理解できるように育てなあかんな、と、思っているところ。
次はいつ日本の暮れを経験できるが未定だけれど、だからこそ、今回は相方にも日本の年末年始の喧噪を体感してもらいたいな、と思ってる。なんとなぁくこうやって色々と考えていると、責任の重大さ加減に押しつぶされそうになることもあるけれど、日本人代表として頑張りたいね(笑)。
*****
ではでは、最後になりましたが、皆様、今年度も『出たきり邦人』をご愛読いただきありがとうございました。来年度も皆様に、よりいっそう楽しんでいただける記事を提供したいと、ライター一同思っております。
来年もヨロシク!
mika@カルガリー、でも今は日本。
メリークリスマス!クリスマスのイルミネーション、存分に楽しみました?このメルマガが届く頃、我が家も一家で大阪の中の島辺りのイルミネーションを鑑賞に行きたいと目論んでいるところ。さて、明日からは気分をサクッと
変えて、お正月の用意やね。
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さてさて、先月の南アフリカに引き続き、今度は久々に日本でござります。まず、行きは、私と息子だけの二人三脚。いやはや、子連れ旅行って、大変やね。子連れということで、今回は奮発して某日系のファミリーサービスに
申し込んで帰ってきた。
でも、ここだけの話、カルガリーから飛ぶ場合、ファミリーサービスって、あんまり恩恵被られへんのね。知らなんだ。カルガリーからバンクーバーは国内線で飛ぶんだけど、そこは日系の会社ではないので、もちろん、なんの追加アシストをしていただけるわけではなく、そしてバンクーバーでの乗り換えも、国際線のチェックインカウンターまでは自力で行かなアカン訳で、で、その国際線のチェックインカウンターっていうのは、搭乗ゲートにあるわけだ。
なので、そこでのアシストもなし。
ただ、機内ではフライトアテンダントのお姉さん方には非常にお世話になりました。これはファミリーサービスを頼んでいたからなのか、頼んでいなくても一緒なのかは不明だけれど、本当に至れり尽くせり。ご飯を食べるときには
抱いておいてくれるし(でも、うちはボンが泣き叫び、2分ほどしか無理でしたが)荷物も手伝ってくれるし、本当に大助かり。その上、国内線まで時間があるからと、お水とスナックまで持たせていただき、プラスで手書きのメッセージまで。ホントに感激しましたよ。
で、成田では、本来ファミリーサービスの方が、ゲートまで出迎えてくれるはずだったのが、一緒に搭乗していた修学旅行の団体さんのうち一人がパスポートをバンクーバーに忘れるという大失態。おかげで、すべての人員がそっちに手を取られて、私は放置状態。まだ国内線への乗り継ぎもあるし、どうしよう、と思っていたら、先ほどの飛行機に乗ってられたフライトアテンダントのご一行が荷物のターンテーブルのところにご到着。で、困ってる私に気づいて、結局、一人の方が、オフィスまでダッシュしてくださり、あいてる地上職員を引っ張ってきてくれました。やはり、人気職種のテンダンさん、機転の利き方が違うと感心しました。
で、荷物をとってもらったところ、なんとスーツケース破損!
ホンマねぇ、重なるときには重なるね。もう大概へとへとやったし、どうにでもなれ状態やったけど、ま、その処理も無事終わり、やっと国内線方面へ。
しかし、成田の第2ターミナル、国際線から国内線乗り継ぎまで遠いねんね。3時間もあるし、楽勝や!思てたら、結局、国内線の搭乗ゲートについたんは、搭乗開始時間の10分前。子連れ旅行は時間かかるね。ホンマ、飛行機の中では時間が経つのを指折り数えたけれど、でも振り返ってみれば、うちの子は、旅上手やな、と有り難く実感。
まぁ、でも、日本帰ってきて思うんは、日本ってウルサいね。ウルサいって言ったら語弊があるかな?まぁ言えば、コンピューターによる音声が多いねん。家に入れば、音楽が流れて「熱湯が湧きました」、しばらくすると別の音楽が流れて「ご飯が炊けました」そして、またしばらくすると「保温を開始します」で、外に出ると、「右に曲がります」ってトラックが言うし、車に乗れば、センサーが「Nシステムです」とか「Hシステムです」とか、ひっきりなしに、何らかの音が鳴るねん。うちの親曰く、「慣れたら聞いてへんから気にならへん」らしいねんけど、やったら、そんなアナウンスいらんのちゃうん?と思うのは海外暮らしが長いんかなぁ?
プラスで丁寧よね。ホントに。セールスの電話でさえも、かかってきて、かけてくる方も、切る方も丁寧やねん。アメリカ/カナダやったら「結構です。ガチャン」って終わるところ、結構、うちの母の年代はオブラートに包んで言うから、てっきり知っている人としゃべってるんかと思ってたら、勧誘の電話やったって。
久々の日本やから、浦島太郎状態で、プリペイドのケータイを持つも、分からんことがいっぱいで、プリペイドカード買うのも、コンビニで「実は、日本久しぶりなんでシステムが分からないんです」って言ったら、懇切丁寧に教えてくれるし、これは、アメリカでは、あんまりあり得へんよね。ホント、甘やかされるわ(笑)。
相方が合流してから久々に東京へ観光へ行こうと決めたは良いけれど、色々なチケットがあって、どう買ったら一番得なんか分からなくて、みどりの窓口へ行ったら、もう色々なオプション全てを丁寧に計算してくれはって、どのプランが一番安いか教えてくれてん。
こういうのって日本のホンマにええところやな、と心から実感。日本て、ホント義理人情の世界やと、あらためて痛感。今はまだ小さいウチの息子さん、見かけは洋風やけど、半分は和の血筋な訳やから、この日本の、時には面倒くさい「義理人情」の世界をちゃんと理解できるように育てなあかんな、と、思っているところ。
次はいつ日本の暮れを経験できるが未定だけれど、だからこそ、今回は相方にも日本の年末年始の喧噪を体感してもらいたいな、と思ってる。なんとなぁくこうやって色々と考えていると、責任の重大さ加減に押しつぶされそうになることもあるけれど、日本人代表として頑張りたいね(笑)。
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ではでは、最後になりましたが、皆様、今年度も『出たきり邦人』をご愛読いただきありがとうございました。来年度も皆様に、よりいっそう楽しんでいただける記事を提供したいと、ライター一同思っております。
来年もヨロシク!
mika@カルガリー、でも今は日本。
Saturday, November 28, 2009
Vol. 3 - No. 2
里帰り1とストップオーバー
さてさて、ボンを連れて、相方のふるさとのヨハネスブルグへ行って来た。いやぁ、遠いね。
色々ルートのオプションはあるんやけど今回のルートは、『体に優しく』をモットーにしてカルガリーからアムステルダムを経てヨハネスブルグ。行きは24時間のストップオーバーはあるものの、アムステルダムのスキポール空港はターミナル内にホテルが2軒あるので、そこで仮眠を取れるから、もしも機内でボンが騒いで一睡も出来なくても大丈夫。で、帰りはアムステルダムで4泊する事に。
『機内』
今回はKLMを使用したけど、KLMポイント高し。
最初に割り振られた席は、何ともハズレで、背の高い相方は席に座るのも一苦労。で、ボンを抱いてる私ももう窮屈至極で、出発前からくらい気分になってたんやけど、それに気づいたフライトアテンダントさん。
即座に空席をチェックして、4人席の一列が空いてるところに私たちを連れて行ってくれた。足下も広い席で、元の席とは雲泥の差。いやいや有り難い。そして、残りのルートは全部バシネットの出せる席に。機内食も美味かったし、機内エンターテイメントシステムも良かったし、満足、満足。
ただバシネットの重量制限については、みんなが違う事を言う。行きのフライトでは重量が重すぎるから「つけられない」と言われたのが、帰りのフライトでは「大丈夫」って言われたり。結局、大丈夫やってんけどね。どうやら、重量基準がコロコロ変わるらしくて、フライトアテンダントさんの間でも統一されてないみたい。
懸念してたボンの反応も、ほぼ8割以上は私の膝の上で熟睡。起きてるときはニコニコと上機嫌で周りの人に愛想ふってたしね。周りの乗客の皆さんに「ラッキーやねぇ」とか「もう運をここで使い果たしたんちゃう」と言われる程のおりこうさん具合。
来月の日本行きも、これくらいおりこうさんでいてくれたら、母は嬉しいんだけどな。なんせ、行きしは相方おらんからね。
『ヨハネスブルグで』
しかし機内ではおりこうさんやっても、でも、やっぱり時差ボケには祟られる。ちゅうことで、ボンはヨハネス滞在中、ほとんど夕方から夜中にかけては寝っぱなし。相方の家族には悪かってんけど、夜の集まりにはボンはほとんど撃沈状態で、眠りこけてるか、めちゃくちゃ機嫌が悪いかのどちらか。
ヨハネスで発見したのは、ボンは色の濃い人が好きだってこと。そしてユニフォームを着ている人が大好き。
そして南アフリカのベビーフード、フルーツの味が濃い。やっぱりフルーツ大国やね。同じ梨でも味が違う。なんだかハチミツみたいな味がする。で、糖分も高い気が。南アフリカで買った梨のペーストをボンにあげたら、異様にハイになって叫びまくり。sugar highになったんやろうね。ただ、南アフリカは、こちら北米の様に糖分がどれだけ入ってるか記載しなくて良いようで、結局、どれだけ甘かったのかは不明。ただ、あまりのボンのハイ具合を目の当たりにして、その後は南アフリカのベビーフードをあげるのは止めた。
義理の姉にパンパースのオムツを買っておいてもらったんやけど、やっぱり同じメーカーでもモノは違うのね。似たパッケージのものを選んで買っておいてもらったんやけど、全く違って、あんまり質が良く無いものでショック。なので、ここで教訓を得て、日本ではオムツは事前に買っておいてもらわない事にした。
『アムステルダムで』
しかしヨーロッパ。ホテル高いね。それに、ベッドもキングサイズなんて置いてるところは少ないのね。すっかりアメリカの間隔で部屋を探すと、高くって手が出ない。最終的にはただ今改築中の4つ星ホテルを格安料金で見つけて、ソコに決めた。
で、驚いた。私たちが泊まってる時に神戸のある高校が修学旅行で同じホテルに泊まってた。それも、従姉妹がかつて通っていた高校。ウーン、最近の高校生って豪華な修学旅行楽しんでるのね。9日間で4カ国訪問ですって。引率の先生にはなりたくないねぇ。
で、アムステルダム。もともとバウハウス系のデザインが好みな私にとって、アムステルダムは目が♡になるくらい好きな街。どこをとっても絵になる街並。住めば住んだで、不満はあるんだろうけど、「住んでみたい!」と心から思った。
『自転車に優しい街』とは聞いていたものの、シアトルやバンクーバーと大差ないだろうと思っていたら、大間違い。自転車専用道路に自転車専用信号、本当に自転車の為の設備が整ってる。自転車好きの相方は、そんなアムステルダムにオオ惚れ。
2人で、「カナダの次はオランダに来ちゃう?」と半ば本気で話してしまった。なんせ、日本にも南アフリカにも直行便があるのがボーナス。相方の職業は建築系だし私はアート系。どちらにとってもキャリア的にも魅力の街。
私にとって初ヨーロッパ。ごはんも美味しいね。すっかりとアメリカ/カナダで、本当に美味しい味を忘れてた気がする。私ら普段から高い店に行かへんからねぇ。高い店に行ったら、本格的なヨーロッパのお家ごはんも味わえるんやろうけどね。
***
そんなこんなで駆け足の今回の旅行レポート。1週間前に帰って来たにもかかわらず、ボンが時差ボケから立ち直るにはチト時間がかかりそう。次は、里帰りパート2で日本編。久々の日本、どんな風に、私の目に映るんやろう、って今からチョコッとドキドキしてます。
Cheers!!
mika@クリスマスが待ち遠しい
さてさて、ボンを連れて、相方のふるさとのヨハネスブルグへ行って来た。いやぁ、遠いね。
色々ルートのオプションはあるんやけど今回のルートは、『体に優しく』をモットーにしてカルガリーからアムステルダムを経てヨハネスブルグ。行きは24時間のストップオーバーはあるものの、アムステルダムのスキポール空港はターミナル内にホテルが2軒あるので、そこで仮眠を取れるから、もしも機内でボンが騒いで一睡も出来なくても大丈夫。で、帰りはアムステルダムで4泊する事に。
『機内』
今回はKLMを使用したけど、KLMポイント高し。
最初に割り振られた席は、何ともハズレで、背の高い相方は席に座るのも一苦労。で、ボンを抱いてる私ももう窮屈至極で、出発前からくらい気分になってたんやけど、それに気づいたフライトアテンダントさん。
即座に空席をチェックして、4人席の一列が空いてるところに私たちを連れて行ってくれた。足下も広い席で、元の席とは雲泥の差。いやいや有り難い。そして、残りのルートは全部バシネットの出せる席に。機内食も美味かったし、機内エンターテイメントシステムも良かったし、満足、満足。
ただバシネットの重量制限については、みんなが違う事を言う。行きのフライトでは重量が重すぎるから「つけられない」と言われたのが、帰りのフライトでは「大丈夫」って言われたり。結局、大丈夫やってんけどね。どうやら、重量基準がコロコロ変わるらしくて、フライトアテンダントさんの間でも統一されてないみたい。
懸念してたボンの反応も、ほぼ8割以上は私の膝の上で熟睡。起きてるときはニコニコと上機嫌で周りの人に愛想ふってたしね。周りの乗客の皆さんに「ラッキーやねぇ」とか「もう運をここで使い果たしたんちゃう」と言われる程のおりこうさん具合。
来月の日本行きも、これくらいおりこうさんでいてくれたら、母は嬉しいんだけどな。なんせ、行きしは相方おらんからね。
『ヨハネスブルグで』
しかし機内ではおりこうさんやっても、でも、やっぱり時差ボケには祟られる。ちゅうことで、ボンはヨハネス滞在中、ほとんど夕方から夜中にかけては寝っぱなし。相方の家族には悪かってんけど、夜の集まりにはボンはほとんど撃沈状態で、眠りこけてるか、めちゃくちゃ機嫌が悪いかのどちらか。
ヨハネスで発見したのは、ボンは色の濃い人が好きだってこと。そしてユニフォームを着ている人が大好き。
そして南アフリカのベビーフード、フルーツの味が濃い。やっぱりフルーツ大国やね。同じ梨でも味が違う。なんだかハチミツみたいな味がする。で、糖分も高い気が。南アフリカで買った梨のペーストをボンにあげたら、異様にハイになって叫びまくり。sugar highになったんやろうね。ただ、南アフリカは、こちら北米の様に糖分がどれだけ入ってるか記載しなくて良いようで、結局、どれだけ甘かったのかは不明。ただ、あまりのボンのハイ具合を目の当たりにして、その後は南アフリカのベビーフードをあげるのは止めた。
義理の姉にパンパースのオムツを買っておいてもらったんやけど、やっぱり同じメーカーでもモノは違うのね。似たパッケージのものを選んで買っておいてもらったんやけど、全く違って、あんまり質が良く無いものでショック。なので、ここで教訓を得て、日本ではオムツは事前に買っておいてもらわない事にした。
『アムステルダムで』
しかしヨーロッパ。ホテル高いね。それに、ベッドもキングサイズなんて置いてるところは少ないのね。すっかりアメリカの間隔で部屋を探すと、高くって手が出ない。最終的にはただ今改築中の4つ星ホテルを格安料金で見つけて、ソコに決めた。
で、驚いた。私たちが泊まってる時に神戸のある高校が修学旅行で同じホテルに泊まってた。それも、従姉妹がかつて通っていた高校。ウーン、最近の高校生って豪華な修学旅行楽しんでるのね。9日間で4カ国訪問ですって。引率の先生にはなりたくないねぇ。
で、アムステルダム。もともとバウハウス系のデザインが好みな私にとって、アムステルダムは目が♡になるくらい好きな街。どこをとっても絵になる街並。住めば住んだで、不満はあるんだろうけど、「住んでみたい!」と心から思った。
『自転車に優しい街』とは聞いていたものの、シアトルやバンクーバーと大差ないだろうと思っていたら、大間違い。自転車専用道路に自転車専用信号、本当に自転車の為の設備が整ってる。自転車好きの相方は、そんなアムステルダムにオオ惚れ。
2人で、「カナダの次はオランダに来ちゃう?」と半ば本気で話してしまった。なんせ、日本にも南アフリカにも直行便があるのがボーナス。相方の職業は建築系だし私はアート系。どちらにとってもキャリア的にも魅力の街。
私にとって初ヨーロッパ。ごはんも美味しいね。すっかりとアメリカ/カナダで、本当に美味しい味を忘れてた気がする。私ら普段から高い店に行かへんからねぇ。高い店に行ったら、本格的なヨーロッパのお家ごはんも味わえるんやろうけどね。
***
そんなこんなで駆け足の今回の旅行レポート。1週間前に帰って来たにもかかわらず、ボンが時差ボケから立ち直るにはチト時間がかかりそう。次は、里帰りパート2で日本編。久々の日本、どんな風に、私の目に映るんやろう、って今からチョコッとドキドキしてます。
Cheers!!
mika@クリスマスが待ち遠しい
Thursday, October 29, 2009
Vol. 3 - No. 1
嗚呼カルガリー
いやぁ、どうなる事かと思ったけれど、ちゃんとカルガリーに着きました。
前回、お届けした通り、ちゃんと金曜日にはプロの箱詰め師さん達が来られ、スゴい勢いで荷物を箱詰めにしていき、で、次の日には男性陣3人が、その荷物をトラックへ。
こうやって書いたら、全てが滞り無く進んだ様に聞こえるやん?
しかし、ここは異国の地。日本とはチト同じ様には進みません。
『進まなかった事、その1』
プロの箱詰め師さん、「オリジナルの箱さえだしておけば、プロだから、荷物は完璧に詰めます」という謳い文句だったけれど、そんなん全然嘘っぱち。コンピューターは、セールスの言葉なんて信じない私たちがチャンと詰めた
けれど、ブレンダーなどはオリジナルの箱を出して横に置いといたんだけど、待てど暮らせど、詰めてくれる気配無し。
で、聞いてみると、「うーん、詰め方分かんないし、後回しにしてるのよね。こういうのって男性の方が得意だし、旦那さんにやってもらって」ですと。
でだ、プロの皆さんが詰めない場合は、中味の保証が無いんですな。
なのに、高いものとかは全部、プロの皆さん、避けて箱詰めしてくれません。その上、ほとんど引き出しに入ったものは全て「あ、これはこのまま積むから大丈夫」と中味の確認もナシ。
ま、そういう細かい事を除けば、かなり働き者のおばあさんの2人組。うちの母は69歳なんだけど、多分、同じくらいの年。なのに、20キロ程度のものなら軽々と肩に乗せてノシノシ歩いて行かれます。スゴいねぇ。うちの母も元気者だから、出来るけれど、反対に、そんな齢の人にそんな重たいもの持ってもらうの気が引けるやん?
なかなか気を使いました。
『進まなかった事、その2』
翌日に、荷物を積む男衆が3人。当初の予定では9時に来て12時には終わる予定。だったのに、やっぱり引き出しのものは全部、箱に入れたいって事で、時間がかかる、かかる。
で、昼ご飯を挟んだのだけれど、ごはんを食べに行った彼ら、なかなか帰って参りません。
結局、作業が終わり、私らがバンクーバーを出れたのは午後6時前.....そこから7時間運転しっぱなしで中間地点まで。
相方、ご苦労。ホントにご苦労。事故らなくて良かった...
『進まなかった事、その3』
さて、引っ越し荷物は当初の予定では早くて3営業日で到着の予定。ところがところが、雪が降ったり、引越のトラックが故障したので、到着したのは、5営業日目の終わりの方。
実は5営業日を越すと、値引きしてくれるのだけれど、結局、その値引きがかかるギリギリのギリギリで荷物到着。ま、その辺、損する様な事はドライバーもせんわね。どうやら、こういう値引きとか、ペネルティーは、そのままドライバーの賃金から差し引かれるらしい。
ベッド類、家具類、彼らがバラしたものは全てもう一度組み立ててくれるのだけど、彼らが帰った後に見ると、余ったネジ数本。ベッドなんて、片側一本もネジがハマってない。でも、その余ったネジは、私たちが必要なネジとは違うんだな。(後日、ドライバーに文句を言ったら、現金40ドルをくれて隠密にしてくれとの事・苦笑)
しかしね、何も無い空き家でエアマットレスだけの生活。それも5営業日という事は、日曜日に着いた私たちに取っては実質1週間、その生活。
その上、その前の週まで30℃を越える夏日だったカルガリー。その情報だけを持っていた私たちの荷物は、夏服だらけ。なのに、私たちが到着した日から冷え込み、結局はマイナス10℃の世界へ。
着いた翌日に、ショッピングセンターに走り、冬服を買い求めたけれど、それでも1週間、荷物無しで極寒の中でのキャンプ生活。いやぁ、参った参った。相方は、すっかりと風邪を引いて、すっかりと役立たず組になっちゃうしね。
日本からの強力助っ人『母さん』がいてくれて良かったわ。
『進まなかった事、その4』
新居に荷物も入ったし、とりあえずは保険をかけるべく電話をしたら、なんと、長々と話した後で断られた。
どうやら保険会社側の記録によると、ここの家で、過去5年間に2度空き巣に入られ、その他にも2度保険が使われているから、だから保険をかけられない、と。
そんな事、大家から聞いてなかった私たちは怒りもカンカン。でも、今更もう一度引越すなんてやってられない。なので、セキュリティーシステムをつけ、家の鍵も変え、で、名も無い保険屋が、我が家に保険をかけてくれるってことで落ち着いた。
セキュリティーシステムも、いざお金を払う段階になって、普通の電話線が無いと、システムはつけられないと言われ、万年、インターネットを使ったVoIPの電話しか持ってなかった私たちは、久々に電話をひく事に。
でね、それにかかった費用を大家に請求しようと思ったら、大家曰く、保険会社の記録が間違ってる、と。「保険屋に電話するから、電話番号をよこせ」とのこと。チャンチャン。
うちの相方が、そもそも、すぐに大家に確かめたら良かったところ、忙しさの中ですっかり後回しにしていた事から起こった事。ま、セキュリティーが万全に整ったから良かったとする、か。それに、大家が嘘ついてるのか、記録が間違ってるのかは、私らにはチェック出来んしね。
***
しかしね、ホンマ、カルガリー、寒いわ。10月の最初からマイナス16℃を体験するとは夢にも思ってなかったし、ふかふかのパウダースノーの上を歩けるとも思ってなかった。なにやら、この10月はカルガリー史上でも、この10年で1番寒い10月になったらしい。でも、日照度はバンクーバーより高いから、それは、嬉しいところ。
私らが引越すと、その度に引越した先の地で、「これは普通ではないのよ」という「10年に1度」、「100年に1度」、「歴史上初めて」という気象変化が起こる。なんなんやろね、これって。やっぱり地球がおかしくなって来てるって事なんやろね。
引越して来て、そろそろひと月。我がボンは、乾燥気候のせいか、風邪のせいか、毎晩鼻づまりがヒドくて、寝が浅い。乾燥気候のせいだと思い、大きい加湿器を購入したけれど、それでも、鼻づまりは治る気配無し。多分、風邪だったのね。
なんにしても、すっかりと生活のペースが崩れて、母はチトお疲れ気味。ま、もう少ししたら、慣れるやろうけれど、慣れた頃には南アフリカへの旅が待っている。で、南アフリカから帰って来て、3週間程したら今度は日本への旅が待っている。
あぁ、この今年ラストの3、4ヶ月で老け込みそうだわ(笑)。
ちゅうことで、私、無事にカルガリアンになりました。
Cheers!!
mika@寒いけれど太陽が嬉しい
いやぁ、どうなる事かと思ったけれど、ちゃんとカルガリーに着きました。
前回、お届けした通り、ちゃんと金曜日にはプロの箱詰め師さん達が来られ、スゴい勢いで荷物を箱詰めにしていき、で、次の日には男性陣3人が、その荷物をトラックへ。
こうやって書いたら、全てが滞り無く進んだ様に聞こえるやん?
しかし、ここは異国の地。日本とはチト同じ様には進みません。
『進まなかった事、その1』
プロの箱詰め師さん、「オリジナルの箱さえだしておけば、プロだから、荷物は完璧に詰めます」という謳い文句だったけれど、そんなん全然嘘っぱち。コンピューターは、セールスの言葉なんて信じない私たちがチャンと詰めた
けれど、ブレンダーなどはオリジナルの箱を出して横に置いといたんだけど、待てど暮らせど、詰めてくれる気配無し。
で、聞いてみると、「うーん、詰め方分かんないし、後回しにしてるのよね。こういうのって男性の方が得意だし、旦那さんにやってもらって」ですと。
でだ、プロの皆さんが詰めない場合は、中味の保証が無いんですな。
なのに、高いものとかは全部、プロの皆さん、避けて箱詰めしてくれません。その上、ほとんど引き出しに入ったものは全て「あ、これはこのまま積むから大丈夫」と中味の確認もナシ。
ま、そういう細かい事を除けば、かなり働き者のおばあさんの2人組。うちの母は69歳なんだけど、多分、同じくらいの年。なのに、20キロ程度のものなら軽々と肩に乗せてノシノシ歩いて行かれます。スゴいねぇ。うちの母も元気者だから、出来るけれど、反対に、そんな齢の人にそんな重たいもの持ってもらうの気が引けるやん?
なかなか気を使いました。
『進まなかった事、その2』
翌日に、荷物を積む男衆が3人。当初の予定では9時に来て12時には終わる予定。だったのに、やっぱり引き出しのものは全部、箱に入れたいって事で、時間がかかる、かかる。
で、昼ご飯を挟んだのだけれど、ごはんを食べに行った彼ら、なかなか帰って参りません。
結局、作業が終わり、私らがバンクーバーを出れたのは午後6時前.....そこから7時間運転しっぱなしで中間地点まで。
相方、ご苦労。ホントにご苦労。事故らなくて良かった...
『進まなかった事、その3』
さて、引っ越し荷物は当初の予定では早くて3営業日で到着の予定。ところがところが、雪が降ったり、引越のトラックが故障したので、到着したのは、5営業日目の終わりの方。
実は5営業日を越すと、値引きしてくれるのだけれど、結局、その値引きがかかるギリギリのギリギリで荷物到着。ま、その辺、損する様な事はドライバーもせんわね。どうやら、こういう値引きとか、ペネルティーは、そのままドライバーの賃金から差し引かれるらしい。
ベッド類、家具類、彼らがバラしたものは全てもう一度組み立ててくれるのだけど、彼らが帰った後に見ると、余ったネジ数本。ベッドなんて、片側一本もネジがハマってない。でも、その余ったネジは、私たちが必要なネジとは違うんだな。(後日、ドライバーに文句を言ったら、現金40ドルをくれて隠密にしてくれとの事・苦笑)
しかしね、何も無い空き家でエアマットレスだけの生活。それも5営業日という事は、日曜日に着いた私たちに取っては実質1週間、その生活。
その上、その前の週まで30℃を越える夏日だったカルガリー。その情報だけを持っていた私たちの荷物は、夏服だらけ。なのに、私たちが到着した日から冷え込み、結局はマイナス10℃の世界へ。
着いた翌日に、ショッピングセンターに走り、冬服を買い求めたけれど、それでも1週間、荷物無しで極寒の中でのキャンプ生活。いやぁ、参った参った。相方は、すっかりと風邪を引いて、すっかりと役立たず組になっちゃうしね。
日本からの強力助っ人『母さん』がいてくれて良かったわ。
『進まなかった事、その4』
新居に荷物も入ったし、とりあえずは保険をかけるべく電話をしたら、なんと、長々と話した後で断られた。
どうやら保険会社側の記録によると、ここの家で、過去5年間に2度空き巣に入られ、その他にも2度保険が使われているから、だから保険をかけられない、と。
そんな事、大家から聞いてなかった私たちは怒りもカンカン。でも、今更もう一度引越すなんてやってられない。なので、セキュリティーシステムをつけ、家の鍵も変え、で、名も無い保険屋が、我が家に保険をかけてくれるってことで落ち着いた。
セキュリティーシステムも、いざお金を払う段階になって、普通の電話線が無いと、システムはつけられないと言われ、万年、インターネットを使ったVoIPの電話しか持ってなかった私たちは、久々に電話をひく事に。
でね、それにかかった費用を大家に請求しようと思ったら、大家曰く、保険会社の記録が間違ってる、と。「保険屋に電話するから、電話番号をよこせ」とのこと。チャンチャン。
うちの相方が、そもそも、すぐに大家に確かめたら良かったところ、忙しさの中ですっかり後回しにしていた事から起こった事。ま、セキュリティーが万全に整ったから良かったとする、か。それに、大家が嘘ついてるのか、記録が間違ってるのかは、私らにはチェック出来んしね。
***
しかしね、ホンマ、カルガリー、寒いわ。10月の最初からマイナス16℃を体験するとは夢にも思ってなかったし、ふかふかのパウダースノーの上を歩けるとも思ってなかった。なにやら、この10月はカルガリー史上でも、この10年で1番寒い10月になったらしい。でも、日照度はバンクーバーより高いから、それは、嬉しいところ。
私らが引越すと、その度に引越した先の地で、「これは普通ではないのよ」という「10年に1度」、「100年に1度」、「歴史上初めて」という気象変化が起こる。なんなんやろね、これって。やっぱり地球がおかしくなって来てるって事なんやろね。
引越して来て、そろそろひと月。我がボンは、乾燥気候のせいか、風邪のせいか、毎晩鼻づまりがヒドくて、寝が浅い。乾燥気候のせいだと思い、大きい加湿器を購入したけれど、それでも、鼻づまりは治る気配無し。多分、風邪だったのね。
なんにしても、すっかりと生活のペースが崩れて、母はチトお疲れ気味。ま、もう少ししたら、慣れるやろうけれど、慣れた頃には南アフリカへの旅が待っている。で、南アフリカから帰って来て、3週間程したら今度は日本への旅が待っている。
あぁ、この今年ラストの3、4ヶ月で老け込みそうだわ(笑)。
ちゅうことで、私、無事にカルガリアンになりました。
Cheers!!
mika@寒いけれど太陽が嬉しい
Saturday, September 26, 2009
Vol. 2 - No. 15
いざ、カルガリーへ
いやぁねぇ、「ホンマにカルガリーへ引越出来るんやろか?」と、この記事を書きつつ、未だ実感が湧かないのですが、お尻に火がついた気分になってるのは間違い無し。
結局、引越は『おまかせパック』を利用し、その上、日本からの強力助っ人『母さん』も既にカナダ入りを果たして2週め。なのに、詰めた段ボールは、未だ0。
金曜日、このメルマガが配信される頃には、ドキドキとしている頃。というのも、こちらの金曜の朝にプロの箱詰め師さん達が我が家に訪れ、パッキングを開始するのです。それまでに、荷物の整理をしておかなければ、カルガリーに行って泣きを見る事に。
なので、チャッチャとお片づけをしたいところなのですが、そうは問屋がおろさないんですな。折角来てくれた強力助っ人に、まだまだ我がボンが慣れないんですわ。今では、私が視界に入らないところにいると良いのだけれど(今も、私は1階で隠れてタイプしております)私が視界に入ったや否や、大泣き。なので、音も極力立てない様に静々と片付けをしているのだけど、その進み具合や、まさに牛歩。
気持ちばっかりが焦ってしまって、心拍数は普段の2倍に上りそう...
とりあえず、予定では、この金曜日にプロの箱詰め師さん到来。で、土曜日に小型トラックが来て、我が家の荷物をピストンで大型トラックの待つところまで走る。(って言うのも、バンクーバーってあんまり大きい道路が無い上に、私の住む道は「自転車に優しい道」になっていて大型トラックなんて絶対に入れないところなのです)
そして、我々は、荷物がドナドナと運ばれて行った後、大家さんの厳しいチェックを受けて、そして車に当面の家財道具を詰めて、カルガリーへとひた走る訳です。
というのも、荷物が着くのは営業日3~5日後。相方は月曜から仕事に行かなきゃイケナイ訳で、プラスで、カルガリーのダウンタウンってば、ホテルもバカ高なのです。なので、何も家具のついてない貸家で、荷物が来るまで生活出来る様に、当面の家財道具は必要なのです。
その荷物についてもリストを作らんなアカンと思いながら、未だに何もやっておらず。とりあえずは、寝る事が出来る様にエアマットレスは積まないといけないんだけど、まだ1つ見つからず(既に2つは見つかった)。
炊飯器と、お米と調味料、クーラーボックスに入るものは詰めて行く予定だけど、まだ引越でトラックと一緒に移動する荷物と分別してないから、気づいたら全部トラックで移動されているという危険もあり。
いやぁ、乳飲み子連れの引越が、こんなに大変なんて思いませんでした...友人達で結構やってる人が多いのだけれど(それも業者の手助け借りず)ホントに脱帽、わたしゃニャ出来ん、という感じです。
でね、それも貸家だし、カルガリー滞在も、もしかしたら1年な訳で、我がボンが小さいうちに、また引越すという訳で.....考えたら禿げそう.....
ということで、引越が無事に済む様に祈っておいて下さいまし。
Cheers!!
mika@気ばかり焦ってます...
いやぁねぇ、「ホンマにカルガリーへ引越出来るんやろか?」と、この記事を書きつつ、未だ実感が湧かないのですが、お尻に火がついた気分になってるのは間違い無し。
結局、引越は『おまかせパック』を利用し、その上、日本からの強力助っ人『母さん』も既にカナダ入りを果たして2週め。なのに、詰めた段ボールは、未だ0。
金曜日、このメルマガが配信される頃には、ドキドキとしている頃。というのも、こちらの金曜の朝にプロの箱詰め師さん達が我が家に訪れ、パッキングを開始するのです。それまでに、荷物の整理をしておかなければ、カルガリーに行って泣きを見る事に。
なので、チャッチャとお片づけをしたいところなのですが、そうは問屋がおろさないんですな。折角来てくれた強力助っ人に、まだまだ我がボンが慣れないんですわ。今では、私が視界に入らないところにいると良いのだけれど(今も、私は1階で隠れてタイプしております)私が視界に入ったや否や、大泣き。なので、音も極力立てない様に静々と片付けをしているのだけど、その進み具合や、まさに牛歩。
気持ちばっかりが焦ってしまって、心拍数は普段の2倍に上りそう...
とりあえず、予定では、この金曜日にプロの箱詰め師さん到来。で、土曜日に小型トラックが来て、我が家の荷物をピストンで大型トラックの待つところまで走る。(って言うのも、バンクーバーってあんまり大きい道路が無い上に、私の住む道は「自転車に優しい道」になっていて大型トラックなんて絶対に入れないところなのです)
そして、我々は、荷物がドナドナと運ばれて行った後、大家さんの厳しいチェックを受けて、そして車に当面の家財道具を詰めて、カルガリーへとひた走る訳です。
というのも、荷物が着くのは営業日3~5日後。相方は月曜から仕事に行かなきゃイケナイ訳で、プラスで、カルガリーのダウンタウンってば、ホテルもバカ高なのです。なので、何も家具のついてない貸家で、荷物が来るまで生活出来る様に、当面の家財道具は必要なのです。
その荷物についてもリストを作らんなアカンと思いながら、未だに何もやっておらず。とりあえずは、寝る事が出来る様にエアマットレスは積まないといけないんだけど、まだ1つ見つからず(既に2つは見つかった)。
炊飯器と、お米と調味料、クーラーボックスに入るものは詰めて行く予定だけど、まだ引越でトラックと一緒に移動する荷物と分別してないから、気づいたら全部トラックで移動されているという危険もあり。
いやぁ、乳飲み子連れの引越が、こんなに大変なんて思いませんでした...友人達で結構やってる人が多いのだけれど(それも業者の手助け借りず)ホントに脱帽、わたしゃニャ出来ん、という感じです。
でね、それも貸家だし、カルガリー滞在も、もしかしたら1年な訳で、我がボンが小さいうちに、また引越すという訳で.....考えたら禿げそう.....
ということで、引越が無事に済む様に祈っておいて下さいまし。
Cheers!!
mika@気ばかり焦ってます...
Saturday, August 29, 2009
Vol. 2 - No. 14
相方の決断
さて、息子も目出たく6ヶ月を迎えました。つい先日から離乳食も試みて、今は10倍粥を一日に一回食してます。あれだけ真剣に私たちがモノを食べていると見つめていたり、取り上げようとしていた割に、がっつく事も無く、毎回
「何コレ?」状態で口をモグモグやってます。
でも、聞いてはいたけれど、新しい食材・味を口にする度にスッゴイ変な顔するのね。「ウへ~」って感じな顔。その顔をカメラに収めようと思うんやけど、ホントの一瞬だし頭が動くからなかなか形に残せない。ま、横着せんとビデオで撮れば良い事やねんけれど(笑)。
***
母になって6ヶ月、少しは母業にも慣れそうなもんやけど、それでも毎日の様に『初めて』はやってくる。母になって初めて気づいた事。それは父と母の違い。
中高は女子校だったけれど、大学は共学で、そこからずっと仕事でも、海外の留学先でも、どこでもずっと『男女均等』的な中で育って来た私。確かに、日本の大学卒業してすぐに勤めた商社はビックリせんばかりの男社会だったけど、そこには1年しか留まらなかったし、普通に仕事して行く上で、あんまり男女の違いを感じる事は無かったのね。
あ、そりゃ、体力の違い、仕事のやり方の違いって言うのはあったけれど、生活に対しての男女の違いっちゅうものを目の当たりにする事は無かった。
それが息子が生まれてからは、一変。
女の人の場合、子供を産むって作業は『きれいごと』では決して済まされ無い。予定帝王切開だったとしても、自分の体にメスが入る訳だし、治るのには時間がかかる。
私の場合は前回も書いた通りの激しいお産ときたら、ホントにきれいごとなんて言ってられない。それに授乳のオッパイの痛みとか、母って痛い事いっぱいやん?
新生児のケアって、初めて親になった人には本当に『初めて』だらけだし、毎日の様にチャレンジはやってくる。お産で痛手を受けてようが、オッパイが痛かろうが、休む事は出来ない。そんなところに『きれいごと』の入る予知は無し。
ところが、男の人は、お産に立ち会ってたって、充分、『きれいごと』は言い続けられる。たとえば、男の人で「う●ちのオムツは替えられない」とか、言う人いるけど、ホンマねぇ、「アホな事抜かすな!」言うてしまいそう。
うちの相方は、そこまでは言わんけれど、それでも母の立場からすると「は?何言うてんの?」言う様な言動はある。
例えば、息子が生まれてから、私1人で外出したのは、たった1回。髪の毛を切りに行った1時間。それ以外は、「え~、でもさぁ、泣いたらどうするよ」と来る。うちは母乳オンリーだったから、確かにそれはそうやねんけど、でも搾乳してたって同じ事を言う。
「え~、哺乳瓶なんて人工のものからあげるのは可哀想」だと。それでも、自分の毎朝のランニングは欠かさない。
私の場合、海外が長いせいもあって、相方が育児を手伝うのは当たり前という観点がある。プラスで今は仕事もマタニティ休暇(カナダでは1年まで手当がでます)だけれども、もともとは専業主婦では無いから、パートナーが家事を手伝うのも当然という感覚がある。
で、お互い働いてる時は、何も言わなくてもしっくりと来ていたのが、子供が生まれて以来、騒動は絶えず。母の立場からすると、「これくらい分かれよ」と思う事も、父には全然分からんし、気づかんらしい。
休みの日に出かけるときも、父本人は出かけたい時に出かけたい。息子の昼寝のパターンや、食事のパターン、など全く気にかけない。で、一旦息子の準備ができると、今度は父の見たいテレビが始まったりする。なので、またもやダラダラ状態。
そうなると間にいる母は益々イライラ増大。
ふと思うのは、日本では、まだまだ「母が家に入り、父は働きに出る」というのが多い様な気がするけれど、それでも、皆さん、にこやかにやってるって事。日本の母の皆さん、ホントえらいなぁ。
私なんて、生じっか長い間働いていただけに、相方が仕事でのストレスがあっても、「それはシングルでいたってあるんだから、自分で頑張って立ち直って」というところ。それよりも「育児は『家族』のものなんだから、そこもしっかりとやるべき」と、手厳しい。
確かに、母乳オンリーで育てているから、夜中に相方が出来る事は少ない。隣にいてくれて助けてくれれば嬉しいけれど、それは彼の仕事での生産力低下につながるし、それが残業につながる、ということで、うちでは初めのウチから相方は違う部屋で寝ている。それがアカンかったんかも知れんけれど相方に慣れるのに時間がかかったし、今でも相方に抱かれて寝るってことは皆無。
プラスで、なぜか息子が生まれる直前から相方の仕事が急に忙しくなった。今まで定時で帰れてたのに、今では休日出勤+残業いっぱい。益々、息子と過ごす時間も減ってる。もともと全く仕事命というタイプでもない相方。ただ、人付き合いの要領が良いほうでは無いので、仕事があると、キッチリとこなそうとするので時間もかかる。そこが良いところでもあるのだけれど、仕事場ではそれが故に利用される事も多い。
ウチでは私にプレッシャーかけられるし、プラスで息子が慣れるのにも時間がかかってる。これは父と母の違い以上の事態になって来た。普段ならこういうところでは行動を起こさん相方も、これではイカンと思ったんやろね。
ある日、相方、職場から電話かけて来た。
「実はさ、プロジェクトでカルガリーに行く可能性が出たんだけど、どう思う?」って。
南アフリカ出身の相方は、めっぽう寒さに弱い。NYから西海岸に戻った訳は、あの厳しい寒さから抜け出す為。ところがカルガリーの冬ってNYなんてお話しにならない程、厳しい。私的には冗談で「カルガリーなんてどう?」って言ってた事があるけれど、まさか相方の口からカルガリー行きの可能性を打診されるなんて。
相方の今の職場、自分から、まず『行きたい』という気がなければ、降って湧く事の無いカルガリー行き。蓋を開けてみると、カルガリーに行く事によって残業が無くて、プラスで昇給があるという事。プロジェクトの間だけカルガリーにいれば良いので、2年程の期間限定だと言う事。
「いいんじゃない?少なくても、今の状況から抜け出せるし、プラスで新しい土地を見てみる事が出来るし。プラスで息子も小さいから動くなら今のウチ」と私。
そして今、この原稿はカルガリーのホテルの1室で書いております(笑)。
そうです、ワタクシ、今度はカルガリーにお引越し~。今はまだバンクーバーにいるけれど、今回は家を見に、息子とともに相方の出張についてきました。今は、相方、毎週、月曜と金曜のみバンクーバーオフィスで、残りはカルガリーオフィスで勤務中。まだバンクーバーの仕事を引き継ぎ切ってないので、相変わらず残業と休日出勤から抜け出せませんが、後少しで脱出出来る予定。
ということで、上手く行けば、次の配信はカルガリーから。今回で通算10回目のお引越。今度は乳飲み子連れての引越なんで、かなり大変そうと今から少しぜーぜーしてます(笑)。無事に引越が終わる様に祈ってて下さい。
Cheers!!
mika@今はまだバンクーバー
さて、息子も目出たく6ヶ月を迎えました。つい先日から離乳食も試みて、今は10倍粥を一日に一回食してます。あれだけ真剣に私たちがモノを食べていると見つめていたり、取り上げようとしていた割に、がっつく事も無く、毎回
「何コレ?」状態で口をモグモグやってます。
でも、聞いてはいたけれど、新しい食材・味を口にする度にスッゴイ変な顔するのね。「ウへ~」って感じな顔。その顔をカメラに収めようと思うんやけど、ホントの一瞬だし頭が動くからなかなか形に残せない。ま、横着せんとビデオで撮れば良い事やねんけれど(笑)。
***
母になって6ヶ月、少しは母業にも慣れそうなもんやけど、それでも毎日の様に『初めて』はやってくる。母になって初めて気づいた事。それは父と母の違い。
中高は女子校だったけれど、大学は共学で、そこからずっと仕事でも、海外の留学先でも、どこでもずっと『男女均等』的な中で育って来た私。確かに、日本の大学卒業してすぐに勤めた商社はビックリせんばかりの男社会だったけど、そこには1年しか留まらなかったし、普通に仕事して行く上で、あんまり男女の違いを感じる事は無かったのね。
あ、そりゃ、体力の違い、仕事のやり方の違いって言うのはあったけれど、生活に対しての男女の違いっちゅうものを目の当たりにする事は無かった。
それが息子が生まれてからは、一変。
女の人の場合、子供を産むって作業は『きれいごと』では決して済まされ無い。予定帝王切開だったとしても、自分の体にメスが入る訳だし、治るのには時間がかかる。
私の場合は前回も書いた通りの激しいお産ときたら、ホントにきれいごとなんて言ってられない。それに授乳のオッパイの痛みとか、母って痛い事いっぱいやん?
新生児のケアって、初めて親になった人には本当に『初めて』だらけだし、毎日の様にチャレンジはやってくる。お産で痛手を受けてようが、オッパイが痛かろうが、休む事は出来ない。そんなところに『きれいごと』の入る予知は無し。
ところが、男の人は、お産に立ち会ってたって、充分、『きれいごと』は言い続けられる。たとえば、男の人で「う●ちのオムツは替えられない」とか、言う人いるけど、ホンマねぇ、「アホな事抜かすな!」言うてしまいそう。
うちの相方は、そこまでは言わんけれど、それでも母の立場からすると「は?何言うてんの?」言う様な言動はある。
例えば、息子が生まれてから、私1人で外出したのは、たった1回。髪の毛を切りに行った1時間。それ以外は、「え~、でもさぁ、泣いたらどうするよ」と来る。うちは母乳オンリーだったから、確かにそれはそうやねんけど、でも搾乳してたって同じ事を言う。
「え~、哺乳瓶なんて人工のものからあげるのは可哀想」だと。それでも、自分の毎朝のランニングは欠かさない。
私の場合、海外が長いせいもあって、相方が育児を手伝うのは当たり前という観点がある。プラスで今は仕事もマタニティ休暇(カナダでは1年まで手当がでます)だけれども、もともとは専業主婦では無いから、パートナーが家事を手伝うのも当然という感覚がある。
で、お互い働いてる時は、何も言わなくてもしっくりと来ていたのが、子供が生まれて以来、騒動は絶えず。母の立場からすると、「これくらい分かれよ」と思う事も、父には全然分からんし、気づかんらしい。
休みの日に出かけるときも、父本人は出かけたい時に出かけたい。息子の昼寝のパターンや、食事のパターン、など全く気にかけない。で、一旦息子の準備ができると、今度は父の見たいテレビが始まったりする。なので、またもやダラダラ状態。
そうなると間にいる母は益々イライラ増大。
ふと思うのは、日本では、まだまだ「母が家に入り、父は働きに出る」というのが多い様な気がするけれど、それでも、皆さん、にこやかにやってるって事。日本の母の皆さん、ホントえらいなぁ。
私なんて、生じっか長い間働いていただけに、相方が仕事でのストレスがあっても、「それはシングルでいたってあるんだから、自分で頑張って立ち直って」というところ。それよりも「育児は『家族』のものなんだから、そこもしっかりとやるべき」と、手厳しい。
確かに、母乳オンリーで育てているから、夜中に相方が出来る事は少ない。隣にいてくれて助けてくれれば嬉しいけれど、それは彼の仕事での生産力低下につながるし、それが残業につながる、ということで、うちでは初めのウチから相方は違う部屋で寝ている。それがアカンかったんかも知れんけれど相方に慣れるのに時間がかかったし、今でも相方に抱かれて寝るってことは皆無。
プラスで、なぜか息子が生まれる直前から相方の仕事が急に忙しくなった。今まで定時で帰れてたのに、今では休日出勤+残業いっぱい。益々、息子と過ごす時間も減ってる。もともと全く仕事命というタイプでもない相方。ただ、人付き合いの要領が良いほうでは無いので、仕事があると、キッチリとこなそうとするので時間もかかる。そこが良いところでもあるのだけれど、仕事場ではそれが故に利用される事も多い。
ウチでは私にプレッシャーかけられるし、プラスで息子が慣れるのにも時間がかかってる。これは父と母の違い以上の事態になって来た。普段ならこういうところでは行動を起こさん相方も、これではイカンと思ったんやろね。
ある日、相方、職場から電話かけて来た。
「実はさ、プロジェクトでカルガリーに行く可能性が出たんだけど、どう思う?」って。
南アフリカ出身の相方は、めっぽう寒さに弱い。NYから西海岸に戻った訳は、あの厳しい寒さから抜け出す為。ところがカルガリーの冬ってNYなんてお話しにならない程、厳しい。私的には冗談で「カルガリーなんてどう?」って言ってた事があるけれど、まさか相方の口からカルガリー行きの可能性を打診されるなんて。
相方の今の職場、自分から、まず『行きたい』という気がなければ、降って湧く事の無いカルガリー行き。蓋を開けてみると、カルガリーに行く事によって残業が無くて、プラスで昇給があるという事。プロジェクトの間だけカルガリーにいれば良いので、2年程の期間限定だと言う事。
「いいんじゃない?少なくても、今の状況から抜け出せるし、プラスで新しい土地を見てみる事が出来るし。プラスで息子も小さいから動くなら今のウチ」と私。
そして今、この原稿はカルガリーのホテルの1室で書いております(笑)。
そうです、ワタクシ、今度はカルガリーにお引越し~。今はまだバンクーバーにいるけれど、今回は家を見に、息子とともに相方の出張についてきました。今は、相方、毎週、月曜と金曜のみバンクーバーオフィスで、残りはカルガリーオフィスで勤務中。まだバンクーバーの仕事を引き継ぎ切ってないので、相変わらず残業と休日出勤から抜け出せませんが、後少しで脱出出来る予定。
ということで、上手く行けば、次の配信はカルガリーから。今回で通算10回目のお引越。今度は乳飲み子連れての引越なんで、かなり大変そうと今から少しぜーぜーしてます(笑)。無事に引越が終わる様に祈ってて下さい。
Cheers!!
mika@今はまだバンクーバー
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