##両親がやって来た!##
皆さん、こんばんは。大分、暑さも和らいで、過ごしやすくなったのでは無いでしょうか?台風などの影響が少ない事を願っています。
*****
さて、私事ではありますが、9月の12日より、両親が遠路はるばるやって来てくれました。カナダと日本、それはカナダと南アフリカとの距離よりは随分、短いんだけれど、でも、両親の住む神戸からは乗り換えをしないとカルガリーには辿り着けません。で、すでにリタイヤしている父ですが、在職中に集めていたのがJALのマイレージという事から、JALを利用しての旅となる訳です。しかし、JALさんを使うと、東京、そしてバンクーバーで乗り換えをしないとカルガリーには来れないのです。
既に70歳を超えている両親。毎日、ほぼ10キロの程の散歩を欠かさない健脚ではありますが、しかし、その2回の乗り換えは辛いので、「これが多分、カナダを訪れるのは最期かなぁ」と悲しい事を言っています。
そんな気持ちを覆してやろうじゃないか、と、今回の両親の滞在を「これでもか!」という程(使い方が可笑しいって?)、楽しんでもらおうと、現在、色々と頑張っています。
ということで、今回は、「カルガリーを楽しむ!」スペシャルでお届けしたいと思います(笑)
*****
では、カルガリーでの観光スポット、一挙リストアップ!
・ロッキー(カルガリーじゃないって?)
・COP(カナダオリンピックパーク)
・アルバータ牛(スポットではないですが…)
・カウボーイトレイル
・カナナスキス
・カルガリー動物園
・カルガリータワー
・近隣の公園たち
・ロイヤルティレルミュージアム(恐竜博物館)
・ヘリテージパーク
・+15システム
・カルガリーパスウェイシステム
まず、カルガリーで外せないものと言えば、それは『ロッキー』。両親はスキーがもとで知り合い結婚したスキーカップル。父は、若い頃はアルペンの選手として名を馳せて来た事もあり、ロッキー山は欠かせません。
それだけでなく、スキーをして来た人たちには、レイクルイーズや、カナナスキスのアルペンサイトだけでなく、カルガリーオリンピックのノルディック会場になったキャンモアのノルディックパーク、ジャンプ会場になったカルガリーオリンピックパーク(以下COP)なども外せません。
まだ、COPには行っていないのですが、COPでは夏の間ボブスレーコースの滑走が可能なのです。プロが、一緒に4人乗りのボブスレーに乗って、実際のボブスレーコースを滑走するのです。さすがに、スピードの怖い私はやってみたいとも思わないんだけれど、ダウンヒルをこなしていた父にとっては、なかなか興味をそそるものなのではないかと考え中。ただ、一人では行かせられへんし、もしも父がやると決めた時は、旦那を生け贄に差し出そうと目論み中。
COPは、最近、カナダのスポーツの殿堂もオープンし、なかなか充実したものになっている様子。
後、カルガリーと言えば、恐竜博物館も外せません。ま、カルガリーと言っても、カルガリーより2時間程北東にドライブしたところにある「ドラムヘラー」という街にあるのですが…。ドラムヘラーの街は世界で最大級の恐竜の化石の発掘地であります。
ドラムヘラーの街の中にはいたるところに恐竜のミニチュアが置いてあり、何となく、街全体が「ジュラシックパーク」と言う感じ。この博物館には、オーディオガイドがあり、日本語もあるので、興味のある方はぜひどうぞ。当初、あまり興味を示していなかった父も、オーディオガイドの助けのおかげで、色々と恐竜について学び、帰る頃にはすっかり恐竜フリークになってました(笑)。
そして、なんと言っても、カルガリー独自のものというと『+15システム』。6ヶ月以上にわたる厳しい冬を乗り越えるため、カルガリーのダウンタウンのビル群は『+15システム』でつながっているのです。大体、すべてのビルの2階が歩道橋でつながれており、外に出なくても、ダウンタウン内であれば、行きたいところに行けるようになっているのです。これがあるために、地上レベルを綺麗にしようとしない、という不満は出ているものの、ここの気候には欠かせないユニークなシステムです。
また、カルガリーのパスウェイシステムは、北米でも最長と言われているのですが、このパスウェイというのは、自転車/歩行者/ランナーなどの共用できる道なのですが、カルガリー全域にある大きな公園をほぼすべてカバーし、なおかつ、そのすべてがつながっており、トータルで700kmほどになると言われています。冬季も、その中でも主要なところは157kmにわたって、除雪もきっちりされる事になっており、防寒対策さえばっちりとれば、冬季のアウトドアだって可能。
カルガリー動物園や牛関係は、ケイトさん&ウィリアム王子のカップルも、カルガリー訪問の際にゆっくりと堪能したという実績もあるし、カルガリータワーも、それはそれで、とても楽しい。
このように、挙げてみると、なかなか沢山あるではないですか。普段、何も考えずに住んでいると、日本や、他大都市の便利さがとても羨ましいのだけれど、今回、両親が訪問してくれる事で、反対にカルガリーの良いところも一緒に見つけられる事が出来ました。
ま、冬の厳しさは、それは、どうしようもないのだけれど、でも、晴天率は高いし、空気は乾燥しているし(乾燥し過ぎ)、そして何よりも自然がいっぱい。日本では見る事の出来ない、だだっ広〜い景色をゆっくりと楽しめるし、そして、その景色の中にいると、日常のストレスなんて、本当にチッポケなものに見えてくる。そんな雄大なところで、子供を育てられる事に改めて感謝してみたり。
そうそう、両親の訪問で、息子の日本語能力も飛躍的にアップ。両親が来る前は、独り言はほとんどすべて英語だったのが、今では、殆ど日本語に。そして今までよく分かってなかった、『お帰り〜』『ただいま〜』などの用法も徐々に身に付けて来た様子。やっぱり第三者との日本語対話の重要度を再確認。やっぱり、毎年とは言わないでも、2年に1度くらい、ゆっくり滞在してほしいなぁ。
さて、後、残すところ10日間程の両親の滞在。終わる頃には「また来たいなぁ〜」と思ってもらえると良いなぁ。そして、ラッキーな事に、今年は雪もまだ降っていないのですが、両親が帰るまで、天気にも味方し続けてもらいたいな、と切に思うところ。さて、明日から5日間かけて、ジャスパー、コロンビア大氷原とレイクルイーズ、堪能して参ります(笑)。
この次、メルマガでお会いするときには、すっかり『冬』のカルガリーだと思います。皆さんもこれからの『食欲の秋』『芸術の秋』、ゆっくりとのんびりと楽しんでくださいな。
Friday, September 30, 2011
Tuesday, August 23, 2011
Vol. 3 - No. 17
##短い夏の過ごし方##
皆さん、日本はやっぱり今年も暑くなったそうですが、いかがお過ごしですか?節電が囁かれている今、なかなかクーラーをつけるのも勇気が要りそうですが、本当に暑い時は、ちゃんと涼を取って下さいね。
*****
今年のカルガリー、出だしは悪かったものの、まぁまぁの良い天気が続く夏になったと思います。7月下旬からは、日中は20℃超えてるしね。でも、8月に入ってからは、段々夕方になると黒雲がグォーンと出現して来て、ピカピカゴロゴロ、そして雹がザ〜っと降る日が続いております。そしてその後はグッと涼しくなって、朝晩は10℃程度までに下がる冷え込み。おかげで我がボンは鼻風邪ッピキ。
こうして長〜い冬が始まって行くんやね。人によって少々の期間の差はあれど、カルガリーは大体1年の間8ヶ月は冬だからねぇ。引越して来た2年前の9月は、引越して来たその晩からマイナス16℃でしたもん。その前の週には30℃あったというのに。(これから来年の6月くらいまでは洟垂れ小僧が巷に増えるのです)
*****
なので、カルガリアン、その短い夏を思いっきり謳歌します。カルガリーには海は無いので川遊びが主になりますが、その中でも多いのが川下り。エルボーリバーという川がグネグネとカルガリーの中を走っているのですが、大概は車を2台出して、1台は上流に、そして2台目は下流に駐車し、大きいボート(空気で膨らます浮き輪みたいな奴)でドンブラコ、ドンブラコ、と流れて行くのです。流れて行くだけやから、「楽しいんかな?」と思うのですが、見ていると、流れている人たちは楽しそう!
それも、ボートに依っては、すっごい大きい豪華なもので8人くらいが座れる様に肘掛けとかついててね。で、若いお兄ちゃんお姉ちゃんがビールを飲みながら(でも、アルコールは禁止だから茶色の紙袋で隠して)ゆったりと川を流れて行くのです。
でも、川、言うても、そんな景色が綺麗な訳でもなく、ウチの周りの川なんて、幅10m弱で、両岸は普通に道路があって車はビュンビュン走ってるのですよ(笑)。それはそれで楽しそうやけど、今までずっと海のあるところに住んでいた私からすると、チト不思議。やっぱり水遊びはビーチって考えてしまうんですな。
*****
川下りと来たら、もうひとつの楽しみは、キャンプ。ロッキーのJunkoさんも書かれていましたが、カルガリアンはRVと言われる所謂キャンピングカーでのキャンプがお好き。ウチは、もっぱらテント族ですが、キャンプ場に行っても、7割はキャンピングカー。
この間、未舗装の道を15kmほど走ったところにあるキャンプ場へ行ったのですが、そこですら大型のキャンピングカーが来てました。砂利道であの大きい車の運転は大変だと思うのだけど、そこはカルガリアン、ハードコアです。
こちらは、標高も高いし、夜は気温がグンと下がります。やはり、テントでのキャンプはかなりの覚悟と装備を取り揃えておかないと、泣きを見ます。この夏3回キャンプに行きましたが、最初の2回は、どちらも夜になると3℃から5℃くらいに気温が下がり、もう寒い事。日中は半袖でも暑いくらいなのに、夜寝る時はスキーに行く装いで、ネックウォーマーも帽子もかぶって、それでも寒い。ウチのボンは、寝袋が嫌いで、寝袋から這い出しては、寒さで泣いて起きて、それをまた寝袋に引きずり込んで、そして、また這い出して...と修行かと思う様なキャンプでした(笑)。
また何が難しいって、夜の10時くらいに消灯するのだけれど、そのくらいの時間は、まだ暖かいのです。それが夜中1時くらいになるとグッと冷える。なので、その間、何を着て寝るかも大きな課題。毎回、2泊なり3泊のキャンプを終えて帰って来ると、洗濯物の量が半端無い。
そうやって考えると、今まで『邪道』と思っていたキャンピングカーの存在がとても『正道』に思えて来るのです。今まで色んなところでキャンプして来たけれど、ホントにね、ロッキー辺りに永住するなら、キャンピングカー、あっても損はしないです。ホントに。
もしもテントキャンプをしたいなら、やっぱり7月後半から8月が狙い目。8月入ると、夕方にザーッと来る事も多いので、タープは必携したいカナ。そして忘れたく無いのは虫除け。蚊は大体夕暮れのとき(午後7時から午後10時頃)に一番発生します。そして日中にはホースフライ(馬蠅言うんかしら?)が大量発生。このホースフライが難儀な奴で、噛むんですわ。すれ違い様に『ガブッ』って来るの。で、イタいのなんのって。血が出るしね。やはり大自然、虫達も強者です。
*****
後、もう一度くらいキャンプ行きたいなって思っていましたが、何となーく、朝晩も冷え込んで来て長袖が必要になって来ると、「あ〜、夏も終わりなんだな〜」って感じで、キャンプへの意気込みも萎えて来てしまいました。
9月に入ると学校も始まり、まだ2歳半のボンも、色々とお稽古ごとが(お稽古ごとって書くと賢そうですが、歌やダンスや体操ね)始まってきます。もう外で遊べる日もドンドン減って来るので、こういうお稽古ごと無しでは子供達はエネルギーを持て余してしまうのでね。次にここに書く頃には、初雪も降っている頃では無いでしょうか。
読者の皆さんも、そろそろ台風シーズンが始まるかと思いますが、お気をつけてお過ごしください〜!
皆さん、日本はやっぱり今年も暑くなったそうですが、いかがお過ごしですか?節電が囁かれている今、なかなかクーラーをつけるのも勇気が要りそうですが、本当に暑い時は、ちゃんと涼を取って下さいね。
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今年のカルガリー、出だしは悪かったものの、まぁまぁの良い天気が続く夏になったと思います。7月下旬からは、日中は20℃超えてるしね。でも、8月に入ってからは、段々夕方になると黒雲がグォーンと出現して来て、ピカピカゴロゴロ、そして雹がザ〜っと降る日が続いております。そしてその後はグッと涼しくなって、朝晩は10℃程度までに下がる冷え込み。おかげで我がボンは鼻風邪ッピキ。
こうして長〜い冬が始まって行くんやね。人によって少々の期間の差はあれど、カルガリーは大体1年の間8ヶ月は冬だからねぇ。引越して来た2年前の9月は、引越して来たその晩からマイナス16℃でしたもん。その前の週には30℃あったというのに。(これから来年の6月くらいまでは洟垂れ小僧が巷に増えるのです)
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なので、カルガリアン、その短い夏を思いっきり謳歌します。カルガリーには海は無いので川遊びが主になりますが、その中でも多いのが川下り。エルボーリバーという川がグネグネとカルガリーの中を走っているのですが、大概は車を2台出して、1台は上流に、そして2台目は下流に駐車し、大きいボート(空気で膨らます浮き輪みたいな奴)でドンブラコ、ドンブラコ、と流れて行くのです。流れて行くだけやから、「楽しいんかな?」と思うのですが、見ていると、流れている人たちは楽しそう!
それも、ボートに依っては、すっごい大きい豪華なもので8人くらいが座れる様に肘掛けとかついててね。で、若いお兄ちゃんお姉ちゃんがビールを飲みながら(でも、アルコールは禁止だから茶色の紙袋で隠して)ゆったりと川を流れて行くのです。
でも、川、言うても、そんな景色が綺麗な訳でもなく、ウチの周りの川なんて、幅10m弱で、両岸は普通に道路があって車はビュンビュン走ってるのですよ(笑)。それはそれで楽しそうやけど、今までずっと海のあるところに住んでいた私からすると、チト不思議。やっぱり水遊びはビーチって考えてしまうんですな。
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川下りと来たら、もうひとつの楽しみは、キャンプ。ロッキーのJunkoさんも書かれていましたが、カルガリアンはRVと言われる所謂キャンピングカーでのキャンプがお好き。ウチは、もっぱらテント族ですが、キャンプ場に行っても、7割はキャンピングカー。
この間、未舗装の道を15kmほど走ったところにあるキャンプ場へ行ったのですが、そこですら大型のキャンピングカーが来てました。砂利道であの大きい車の運転は大変だと思うのだけど、そこはカルガリアン、ハードコアです。
こちらは、標高も高いし、夜は気温がグンと下がります。やはり、テントでのキャンプはかなりの覚悟と装備を取り揃えておかないと、泣きを見ます。この夏3回キャンプに行きましたが、最初の2回は、どちらも夜になると3℃から5℃くらいに気温が下がり、もう寒い事。日中は半袖でも暑いくらいなのに、夜寝る時はスキーに行く装いで、ネックウォーマーも帽子もかぶって、それでも寒い。ウチのボンは、寝袋が嫌いで、寝袋から這い出しては、寒さで泣いて起きて、それをまた寝袋に引きずり込んで、そして、また這い出して...と修行かと思う様なキャンプでした(笑)。
また何が難しいって、夜の10時くらいに消灯するのだけれど、そのくらいの時間は、まだ暖かいのです。それが夜中1時くらいになるとグッと冷える。なので、その間、何を着て寝るかも大きな課題。毎回、2泊なり3泊のキャンプを終えて帰って来ると、洗濯物の量が半端無い。
そうやって考えると、今まで『邪道』と思っていたキャンピングカーの存在がとても『正道』に思えて来るのです。今まで色んなところでキャンプして来たけれど、ホントにね、ロッキー辺りに永住するなら、キャンピングカー、あっても損はしないです。ホントに。
もしもテントキャンプをしたいなら、やっぱり7月後半から8月が狙い目。8月入ると、夕方にザーッと来る事も多いので、タープは必携したいカナ。そして忘れたく無いのは虫除け。蚊は大体夕暮れのとき(午後7時から午後10時頃)に一番発生します。そして日中にはホースフライ(馬蠅言うんかしら?)が大量発生。このホースフライが難儀な奴で、噛むんですわ。すれ違い様に『ガブッ』って来るの。で、イタいのなんのって。血が出るしね。やはり大自然、虫達も強者です。
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後、もう一度くらいキャンプ行きたいなって思っていましたが、何となーく、朝晩も冷え込んで来て長袖が必要になって来ると、「あ〜、夏も終わりなんだな〜」って感じで、キャンプへの意気込みも萎えて来てしまいました。
9月に入ると学校も始まり、まだ2歳半のボンも、色々とお稽古ごとが(お稽古ごとって書くと賢そうですが、歌やダンスや体操ね)始まってきます。もう外で遊べる日もドンドン減って来るので、こういうお稽古ごと無しでは子供達はエネルギーを持て余してしまうのでね。次にここに書く頃には、初雪も降っている頃では無いでしょうか。
読者の皆さんも、そろそろ台風シーズンが始まるかと思いますが、お気をつけてお過ごしください〜!
Friday, July 22, 2011
Vol. 3 - No. 16
##カルガリー・スタンピード##
やっと昨日、本格的に暑なったな~と思っていたら、ただ今大雨。この豪雨が終わると、また冷えるらしい。今年の夏はホントに夏らしく無い夏。って言うか、実は去年も南アフリカに3週間行っている間に夏は終わってしまってたんだけど...
さて、先週の15日の金曜日、やっと噂に聞く『カルガリー・スタンピード』に行ってきました。もうカルガリーのダウンタウンなんて、スタンピードの始まる少し前から浮き足立っちゃって、仕事にだって来ない人はワンサカいるのよ。
この『カルガリー・スタンピード』、去年もチラッと書きましたが、まぁ、簡単に言うと『カルガリー夏祭り』って感じ。アルバータ牛で名を馳せるカルガリーだからこそ、この夏祭りもメインのテーマは『カウボーイ/カウガール』であります。
街を行き交う人たちも、期間中はテンガロンハットを被り、バンダナを巻き、そして大きめのチェックのシャツをズボンの中に入れてバックルに派手な飾りの施されたベルトを見せて歩く人が多し。
去年は、ボンの為にカウボーイハットを買った母ですが、今年は、相方にも格安店でカウボーイハットを仕入れ(父の日のプレゼントにしました)、100円ショップで、バンダナを仕入れ、行って参りました。
天候の安定しないカルガリーの夏ですが、ラッキーな事に、行った日は晴天!午後4時頃に行ったのですが、駐車場は満員御礼。結局、近くの空き地でヤミにやっているぼったくりの駐車場にて駐車。
正式のパーキングは15ドルから25ドルで、私たちが停めたところは20ドルパーキングの隣。とりあえず25ドル徴収されましたが、私たちの停めた、そのまた隣のパーキングは40ドル徴収してたそうな。この辺りも、怪しい夏祭りの感が高し。
会場内には、「とりあえずなんでも揚げとけ!」って感じの揚げ物屋さんがところ狭しと並んでます。ホントね、このスタンピードの期間中、カルガリーでの心臓マヒ率高くなりそうな感じ。揚げたオレオクッキーとか、チョコレートバーとか、ね。あ~後、レモネードショップも数多し。しかし何でも高いっ!水のボトル、普段だと1ドルちょっとで買えるのが、3ドルだもの。
屋外、屋内を含めて、色々な大小の催し物も繰り広げられています。うちのボンには、会場に入って、すぐに目の前でやっていた『ヒューマンキャノンボール』が大ヒット。
おっきい大砲におっちゃんが入って、そこから発射されて、50mほど先の網の上に落下するという催し物だったのですが、ウチのボン、あれから1週間経つ今も、『行くよ、発射するよ、ウルサいよ』と言いながら、色々なものを放り投げています。
あと、忘れちゃイケナイのは、その絶叫マシーンの数々。言うても日本の怖い遊園地のものとは比べ物にならないんやけど、それでも、移動遊園地の遊具としては怖いんちゃうかなあ。結構、目がぐるんぐるん回りそうなものがいっぱいありました。後は、高速で上がったり下がったりするのんとか。
しかし、目玉は、午後8時から始まる『イブニングショー』。最初は幌馬車のレースがあって、その後は、ミュージカル。しかし、その幌馬車のレースが長い!色々とルールがあって、説明してくれたんやけど、私も相方も話を聞いてなかったので、よく分からないまま、スゴい勢いで駆ける幌馬車隊を呆然と眺める(笑)。2時間ぐらいは、幌馬車レースに費やされてたん違うかなぁ。なんせ、競馬と同じで賭けられるので、みなさんアルコール片手にヤンヤヤンヤの大喝采。ウチのボンもなんや分からんけど、上機嫌で、"go horses go!"とか"you can do it!"とか叫んでました。ま、祭りは楽しまなね。
その後、午後10時くらいからミュージカル。ちょっと怪しげなミュージカル、それでも楽しくって、普段の就寝時間が過ぎても、ボンはスゴい勢いで見入ってました。エンディングの手前で突然、寝に落ちて、最後の盛大な花火の中、熟睡してましたが(笑)。ミュージカルは、ちょっと変わった『シルクドソレイユ』って感じかな。
お子さん達も出てて、スゴい練習積んではるのに、やっぱり天候不順で、今回のスタンピードでは、上演出来た日が数える程だったらしい。
なんやかんやで久々の夏祭り、楽しんで参りました。皆さんも、来年は、チコッと涼を取りに、カルガリースタンピード、如何です?
やっと昨日、本格的に暑なったな~と思っていたら、ただ今大雨。この豪雨が終わると、また冷えるらしい。今年の夏はホントに夏らしく無い夏。って言うか、実は去年も南アフリカに3週間行っている間に夏は終わってしまってたんだけど...
さて、先週の15日の金曜日、やっと噂に聞く『カルガリー・スタンピード』に行ってきました。もうカルガリーのダウンタウンなんて、スタンピードの始まる少し前から浮き足立っちゃって、仕事にだって来ない人はワンサカいるのよ。
この『カルガリー・スタンピード』、去年もチラッと書きましたが、まぁ、簡単に言うと『カルガリー夏祭り』って感じ。アルバータ牛で名を馳せるカルガリーだからこそ、この夏祭りもメインのテーマは『カウボーイ/カウガール』であります。
街を行き交う人たちも、期間中はテンガロンハットを被り、バンダナを巻き、そして大きめのチェックのシャツをズボンの中に入れてバックルに派手な飾りの施されたベルトを見せて歩く人が多し。
去年は、ボンの為にカウボーイハットを買った母ですが、今年は、相方にも格安店でカウボーイハットを仕入れ(父の日のプレゼントにしました)、100円ショップで、バンダナを仕入れ、行って参りました。
天候の安定しないカルガリーの夏ですが、ラッキーな事に、行った日は晴天!午後4時頃に行ったのですが、駐車場は満員御礼。結局、近くの空き地でヤミにやっているぼったくりの駐車場にて駐車。
正式のパーキングは15ドルから25ドルで、私たちが停めたところは20ドルパーキングの隣。とりあえず25ドル徴収されましたが、私たちの停めた、そのまた隣のパーキングは40ドル徴収してたそうな。この辺りも、怪しい夏祭りの感が高し。
会場内には、「とりあえずなんでも揚げとけ!」って感じの揚げ物屋さんがところ狭しと並んでます。ホントね、このスタンピードの期間中、カルガリーでの心臓マヒ率高くなりそうな感じ。揚げたオレオクッキーとか、チョコレートバーとか、ね。あ~後、レモネードショップも数多し。しかし何でも高いっ!水のボトル、普段だと1ドルちょっとで買えるのが、3ドルだもの。
屋外、屋内を含めて、色々な大小の催し物も繰り広げられています。うちのボンには、会場に入って、すぐに目の前でやっていた『ヒューマンキャノンボール』が大ヒット。
おっきい大砲におっちゃんが入って、そこから発射されて、50mほど先の網の上に落下するという催し物だったのですが、ウチのボン、あれから1週間経つ今も、『行くよ、発射するよ、ウルサいよ』と言いながら、色々なものを放り投げています。
あと、忘れちゃイケナイのは、その絶叫マシーンの数々。言うても日本の怖い遊園地のものとは比べ物にならないんやけど、それでも、移動遊園地の遊具としては怖いんちゃうかなあ。結構、目がぐるんぐるん回りそうなものがいっぱいありました。後は、高速で上がったり下がったりするのんとか。
しかし、目玉は、午後8時から始まる『イブニングショー』。最初は幌馬車のレースがあって、その後は、ミュージカル。しかし、その幌馬車のレースが長い!色々とルールがあって、説明してくれたんやけど、私も相方も話を聞いてなかったので、よく分からないまま、スゴい勢いで駆ける幌馬車隊を呆然と眺める(笑)。2時間ぐらいは、幌馬車レースに費やされてたん違うかなぁ。なんせ、競馬と同じで賭けられるので、みなさんアルコール片手にヤンヤヤンヤの大喝采。ウチのボンもなんや分からんけど、上機嫌で、"go horses go!"とか"you can do it!"とか叫んでました。ま、祭りは楽しまなね。
その後、午後10時くらいからミュージカル。ちょっと怪しげなミュージカル、それでも楽しくって、普段の就寝時間が過ぎても、ボンはスゴい勢いで見入ってました。エンディングの手前で突然、寝に落ちて、最後の盛大な花火の中、熟睡してましたが(笑)。ミュージカルは、ちょっと変わった『シルクドソレイユ』って感じかな。
お子さん達も出てて、スゴい練習積んではるのに、やっぱり天候不順で、今回のスタンピードでは、上演出来た日が数える程だったらしい。
なんやかんやで久々の夏祭り、楽しんで参りました。皆さんも、来年は、チコッと涼を取りに、カルガリースタンピード、如何です?
Tuesday, June 14, 2011
Vol. 3 - No. 15
##さらば、オッパイ星人##
さて、息子が「オギャー!」と産まれてから早くも2年と少し。もう達者にどこでも走り回るし、飛び回る。そしてペダルバイクもお手の物で操るし、言葉だって日本語と英語を怪しいながらも使い分ける様になった。
そんな中、ある日突然、オッパイ星人からさよならした。
産まれる前、実は母乳をあげるという事に対して、抵抗があった私。何だか、すごい『原始的』って感覚があって、『出来るんだろうか?』という感は否めなかった。だけれども、実際に彼が出て来て、お腹の上に「あらよっ」って感じで置かれて、そこからズリズリと這い上がって来て、私に食いついた時、「オイオイ」と思いつつ、自然に受け止めれた。
案ずるより産むが易しって事やね。
それからも、「高齢出産やし、母乳が出なくてもしょうがないよな~」って思って、とりあえずは『3ヶ月』が目標だった。その3ヶ月も難なくクリア。(難はあったんかも知れんけど、今じゃ覚えてない...)
半年経って、ファミリードクターに、「もうフォーミュラ(粉ミルク)に切り替えても良いわよ~」って言われた頃には、親子揃ってオッパイ星人。もうオッパイをあげられなくなる日の事を考えるだけで、寂しくって涙が出そうだった。
今の時代では、『卒乳』を目指す人が増えて来たとは言いながらも、やっぱり1年経つと、それを目処に『断乳』に踏み切る人も多い訳で、でも、それを見ながら「スゴいなぁ、こんなに愛おしい時間を自分から断ち切れるなんて」って思ってた。
余談だけど、『高齢出産、高学歴』が重なったママと言うのは、子供に長い間授乳する人が多いらしい。コレって言うのは、とりあえず『人に流されずに、自分の考えを信じて、マイペース』って事やからやろうねぇ。
人間、『自分のペースで良いよ』言われても、やっぱり他人の事が気になるもんね。私がもっと若くで子供を産んでたらホントに惑わされたやろうなって思うねん。でも、大体、41歳で子供を産む言う事自体が、世間の意見に逆らってるもんね(笑)。
『妊娠した』って母に宣言する前に、フト、『子供を産もうかな~』言う事を匂わした会話をしたとき、うちの母ってば、ハッキリ『そんなん無理やん、妊娠なんて出来ないわよ』ってさらっと言ってのけたもんね。彼女は、大学卒業して、結婚、出産。典型的な専業主婦。そりゃ、そう思うよね。
だから、産まれた時にビックリしてた。
ま、話は戻るけれど、そんなオッパイ星人の私たち。でも2歳になる少し前くらいに「このまま、自分で寝入る事が出来なくなったら困るな」と思って、寝入る時のオッパイは止める事に。
まぁ、この時には、最初は暴れたよ。でも、思いのほかスッと、寝付ける様になった。2人で一緒に寝る時にルーティーンを考えた。『最初は、本を3冊読んで、その後に歌を歌って寝る』というもの。
長い時は、1時間以上歌ってたっけ。それでも、寝ている間に起きた時にはオッパイをあげてたのね。オッパイをあげないで、寝についたら、朝まで寝るよ~って言う話をワンサカ聞いたのに、うちのは、全然今までと変わらずだった。
でも、ま、昼間に『オッパイ~』って来た時も、笑って「え?ミルクにしといたら?」とかかわせる時はかわしてたら、段々と授乳の頻度も減って来た。夜就寝時の授乳を止めてから、1ヶ月以上程経ってから、昼寝就寝時の授乳も止めた。
さて、1週間程前のある日、気づいたら、その日初の授乳は午後6時。で、その夜仕事をしていたら、息子の親友ハナちゃんのママよりメール。彼女は息子より2ヶ月若くて、オッパイ星人。でも、そのママのメールから、実は2日程前から、ひょんな事より断乳した、とのこと。
その事を息子に言ったら、「僕はもうもっと前に止めたよ」だって。「ホント?」って聞いたら、「うん、Caillou(漫画の中のキャラクター)もトーマスもジョージ(お猿のジョージ)もToopy&Binoo(漫画の中のキャラクター)もオッパイしてないし」だって。
そうか、そう言う事なら、うちも今晩は無しで寝ようか、と相方に。ま、どうなるか見てみよ。と。
夜中に大泣きするよなぁと思ってたら、その日、産まれてから初めて、息子は朝6時30分まで起きなかった...で、昼間は少しは欲しがったものの「オッパイ行っちゃったよ」言うたら、ちょっと暴れては見たものの、速攻で諦めた。そしてその夜も、朝まで起きなかった...
さて、それからほぼ1週間。やっぱり夜に寝ぼけて起きた時は、「オッパイ~」って一瞬泣くけど、目が覚めたら「あ、抱っこ」って言い直して、抱っこしたら、また寝る。
昼間も、「オッパイ?」って聞きに来るけど、「え~、しないよ~」って言ったら、ニヤッと笑って「そっか」って納得する。私自身も、良く聞く様に胸が張るって言う事も無く、あっさりと終了。
これは『卒乳』と言って良いのかどうかは分からないけれど、我が家のオッパイ星人は、案外あっさりと去って行った。「オッパイ止めたら、よく食べるよ~」とか「よくミルク飲むよ~」とか聞いていたけれど、そう言う事も特に無し。潮時やったんやろね。
でも、母は、やっぱりチョット寂しい(笑)。
さて、息子が「オギャー!」と産まれてから早くも2年と少し。もう達者にどこでも走り回るし、飛び回る。そしてペダルバイクもお手の物で操るし、言葉だって日本語と英語を怪しいながらも使い分ける様になった。
そんな中、ある日突然、オッパイ星人からさよならした。
産まれる前、実は母乳をあげるという事に対して、抵抗があった私。何だか、すごい『原始的』って感覚があって、『出来るんだろうか?』という感は否めなかった。だけれども、実際に彼が出て来て、お腹の上に「あらよっ」って感じで置かれて、そこからズリズリと這い上がって来て、私に食いついた時、「オイオイ」と思いつつ、自然に受け止めれた。
案ずるより産むが易しって事やね。
それからも、「高齢出産やし、母乳が出なくてもしょうがないよな~」って思って、とりあえずは『3ヶ月』が目標だった。その3ヶ月も難なくクリア。(難はあったんかも知れんけど、今じゃ覚えてない...)
半年経って、ファミリードクターに、「もうフォーミュラ(粉ミルク)に切り替えても良いわよ~」って言われた頃には、親子揃ってオッパイ星人。もうオッパイをあげられなくなる日の事を考えるだけで、寂しくって涙が出そうだった。
今の時代では、『卒乳』を目指す人が増えて来たとは言いながらも、やっぱり1年経つと、それを目処に『断乳』に踏み切る人も多い訳で、でも、それを見ながら「スゴいなぁ、こんなに愛おしい時間を自分から断ち切れるなんて」って思ってた。
余談だけど、『高齢出産、高学歴』が重なったママと言うのは、子供に長い間授乳する人が多いらしい。コレって言うのは、とりあえず『人に流されずに、自分の考えを信じて、マイペース』って事やからやろうねぇ。
人間、『自分のペースで良いよ』言われても、やっぱり他人の事が気になるもんね。私がもっと若くで子供を産んでたらホントに惑わされたやろうなって思うねん。でも、大体、41歳で子供を産む言う事自体が、世間の意見に逆らってるもんね(笑)。
『妊娠した』って母に宣言する前に、フト、『子供を産もうかな~』言う事を匂わした会話をしたとき、うちの母ってば、ハッキリ『そんなん無理やん、妊娠なんて出来ないわよ』ってさらっと言ってのけたもんね。彼女は、大学卒業して、結婚、出産。典型的な専業主婦。そりゃ、そう思うよね。
だから、産まれた時にビックリしてた。
ま、話は戻るけれど、そんなオッパイ星人の私たち。でも2歳になる少し前くらいに「このまま、自分で寝入る事が出来なくなったら困るな」と思って、寝入る時のオッパイは止める事に。
まぁ、この時には、最初は暴れたよ。でも、思いのほかスッと、寝付ける様になった。2人で一緒に寝る時にルーティーンを考えた。『最初は、本を3冊読んで、その後に歌を歌って寝る』というもの。
長い時は、1時間以上歌ってたっけ。それでも、寝ている間に起きた時にはオッパイをあげてたのね。オッパイをあげないで、寝についたら、朝まで寝るよ~って言う話をワンサカ聞いたのに、うちのは、全然今までと変わらずだった。
でも、ま、昼間に『オッパイ~』って来た時も、笑って「え?ミルクにしといたら?」とかかわせる時はかわしてたら、段々と授乳の頻度も減って来た。夜就寝時の授乳を止めてから、1ヶ月以上程経ってから、昼寝就寝時の授乳も止めた。
さて、1週間程前のある日、気づいたら、その日初の授乳は午後6時。で、その夜仕事をしていたら、息子の親友ハナちゃんのママよりメール。彼女は息子より2ヶ月若くて、オッパイ星人。でも、そのママのメールから、実は2日程前から、ひょんな事より断乳した、とのこと。
その事を息子に言ったら、「僕はもうもっと前に止めたよ」だって。「ホント?」って聞いたら、「うん、Caillou(漫画の中のキャラクター)もトーマスもジョージ(お猿のジョージ)もToopy&Binoo(漫画の中のキャラクター)もオッパイしてないし」だって。
そうか、そう言う事なら、うちも今晩は無しで寝ようか、と相方に。ま、どうなるか見てみよ。と。
夜中に大泣きするよなぁと思ってたら、その日、産まれてから初めて、息子は朝6時30分まで起きなかった...で、昼間は少しは欲しがったものの「オッパイ行っちゃったよ」言うたら、ちょっと暴れては見たものの、速攻で諦めた。そしてその夜も、朝まで起きなかった...
さて、それからほぼ1週間。やっぱり夜に寝ぼけて起きた時は、「オッパイ~」って一瞬泣くけど、目が覚めたら「あ、抱っこ」って言い直して、抱っこしたら、また寝る。
昼間も、「オッパイ?」って聞きに来るけど、「え~、しないよ~」って言ったら、ニヤッと笑って「そっか」って納得する。私自身も、良く聞く様に胸が張るって言う事も無く、あっさりと終了。
これは『卒乳』と言って良いのかどうかは分からないけれど、我が家のオッパイ星人は、案外あっさりと去って行った。「オッパイ止めたら、よく食べるよ~」とか「よくミルク飲むよ~」とか聞いていたけれど、そう言う事も特に無し。潮時やったんやろね。
でも、母は、やっぱりチョット寂しい(笑)。
Tuesday, April 19, 2011
Vol. 3 - No. 14
##道路事情の違い##
さてさて、ここカルガリーに移って来てから、早くも2回目の冬を終えようとしている。と言っても、雪が溶けたか思ったら、次の週末には50センチとかを超えるどか雪が降ったりして、まだまだ諸手を上げて春を楽しめないんだけどね。
今年のカルガリー、ホントに雪が多かった。長年、ここに住んでいる人たちですら、『今年の冬はヒドい』と不満を言うくらい。でだ、ここカルガリーって普段の年でも、雪は多い方なのね。
ところが。
雪道運転下手なドライバー多すぎ!毎年こんだけ降ってたら、「少しは慣れるんちゃうの」って感じやねんけど、暖かい日が続いた後に雪が降ると、もう駄目。
どう言う事かって言うと、寒い日が続いて、雪が路面にずっとある間は、みんな比較的安全運転だし、道路上も秩序が保たれてるんやけど、一旦、暖かい日が続いて、その後に雪が積もると、すっかりと雪の危険性なんて忘れて、コーナーに突っ込んでからブレーキ踏む様な人が増えるのよ。結果、スリップして、他のクルマに激突。そして交通渋滞。
もうねぇ、いい加減、雪道や凍結した状態での状況見極めをチャンとして欲しいという感じ。
その点、日本の場合、雪の多い地方にいくと、みんな上手に雪道運転をこなしているって言う感が強い。学生時代にスキー場でバイトをしていたのだけれど、地元の人の運転はすぐに分かった。
私たち雪道に慣れてない人間が恐る恐る運転しているのを尻目に、ちょいとの凍結なんてモノともせず、ドリフト走行で山を上って行っていた。
まぁ、私たちが出会ったクルマが偶々だったのかも知れないけれど...
しかし道路事情の中での最も大きい違いは、歩行者の態度。日本では、法規上では歩行者の方が優先されているけれど、それでも、歩行者達は、クルマが来るか来ないかを実際に目で確かめてから渡るのが常。そしてクルマ側も、歩行者がいても、結構無視して角を曲がろうとする事が多いのも常。
しかし、カルガリーでは、歩行者達が一番。本当に、信号の無い道路でも横断歩道さえあれば、クルマが来ていても平然と車道に足を踏み出す人が多い。横断歩道が無くっても、喋りながら、周りを見ずに渡る人の多い事。あまりにふてぶてしくて、反対にクラクションを鳴らしたくなる事もあるけれど、その現場を警官に見らると多額の罰金を喰らうからグッとそこはこらえる。
カルガリーだけでなくても、バンクーバーでも同じ様な感じだったかな。横断歩道前に歩行者が立つと、みんな徐行して状況を見て、そしてクルマはストップする。私が今住んでいる地区は、子供が多いからか、もう「あ、このヒト渡るかな」と思った瞬間にクルマは止まるという感じ。それも、歩行者から5m以上は離れたところで止まる。
シアトルは歩いている人も多いけれど、クルマもソコまですぐには止まってくれなかった。だから横断歩道に『黄色い旗』が置いてあるところが結構あった。
NYは、歩行者が多い分、歩行者自身が結構、攻撃的だったかも。「止まってくれたら渡る」という姿勢よりも「轢くなら轢けよ!」言う感じの人も結構いた気がするなぁ。
カリフォルニアでは、歩行者はあんまりいなかったから、歩行者の多い地区にいくと反対にクルマが怯えて、ユックリになってた気がする。
南アフリカは、チョット、日本に似た感じ。歩行者自身が自分の身を守らないと危険。ウチの義父が、去年2回、歩行者に当たったらしい。彼曰く「突然、ユックリ歩いて立ち止まった」言うけれど、私と相方の理解では、義父がスピード出してるから、まだ歩行者が渡ってるのにぶつかった言うところだと思う。
2回とも歩行者に怪我は無かったらしいし、歩行者自身が義父に謝ったらしいけれど...それがカルガリー近辺で起こってたら、間違いなく警察沙汰で免許停止は免れないと思うな。
本当に色んな国、文化も違うからか運転に関する認識も違う。
前にも書いたかも知れんけど、ウチの相方は、極力、クルマで方向指示器を使わない。私はそれがどうしても嫌なのだけど、相方曰く、「どこに行くか他人にバレる」言うんよね(苦笑)。
で、北米で相方の運転に乗っていると怖いんだけど、南アフリカで乗ると安心なのよ。ホント不思議。確かに相方の実家近辺では行く先がバレない事によって変なクルマにつけられないとか言う事もあるしねぇ。
そう言う事があるからか、南アフリカの標識は非常に見やすい。道を知らなくても、標識をチャンと見ていれば、まず迷う事無く目的地に着ける。しかしカルガリーの標識はチト短期滞在者には不親切。
「右折オンリー」と書かれた車線を走っていても、右折オンリーでは無かったり、南北に走っていた道が北西に向きを変えると、道路の名前もその都度変わったりして、引越して来た頃は本当に良く迷った。
そう言えばニュージャージーに住んでいたときも、そんな感じだったっけ。
オーストラリアは、標識が大変見やすかった記憶がある。でも、私の住んでいたアデレードは、京都の様に碁盤の目のところも多かったから、分かりやすかったのかも知れないけれど。
日本とロサンゼルスを比べると、私にはロサンゼルスの標識の方が分かりやすかった。やっぱり車社会という事もあるからかしら。でも、地区によっては、何度行っても迷うところはあったけれど。
相方にとってはロサンゼルスの標識も北米どこの標識をとっても南アフリカと比べると分かりにくいらしい。
、と相方と私、標識の分かりやすさに対して意見の違いは多少あるものの、共通して不満を持っているのは『駐車』に関する標識の分かりにくさ。
北米内でも的確な基準が無いのか、行く場所によって、表記の仕方が違うの。「9時から3時までは2時間まで駐車可」と書いてあるところ、じゃぁ、3時以降はどうなのか?となると、
・何も書かれていないので、3時以降は何時間でも駐車可能
・何も書かれていないので駐車禁止
という2つの場合が考えられる。ちゃんと「3時から翌朝9時まで駐車禁止」って書いてある標識があれば分かるけれど、そう言うのが無い場合がほとんど。それは、暗黙の了解らしいのだけれど、そんな事は外様には分からないのだ。
こう都市を転々とすると、毎回、免許を新しく住む都市に書き換える時に、ちゃんとその新しい都市の交通ルールを勉強するって言う事が無くなる。それが悪いんだろうけれど、それでも大陸続きでクルマで都市から都市へと移動する人だって多い筈。少しでも交通ルールを統一化してくれないかしら、と思う今日この頃なのでした。
所変われば品変わる。
さてさて、ここカルガリーに移って来てから、早くも2回目の冬を終えようとしている。と言っても、雪が溶けたか思ったら、次の週末には50センチとかを超えるどか雪が降ったりして、まだまだ諸手を上げて春を楽しめないんだけどね。
今年のカルガリー、ホントに雪が多かった。長年、ここに住んでいる人たちですら、『今年の冬はヒドい』と不満を言うくらい。でだ、ここカルガリーって普段の年でも、雪は多い方なのね。
ところが。
雪道運転下手なドライバー多すぎ!毎年こんだけ降ってたら、「少しは慣れるんちゃうの」って感じやねんけど、暖かい日が続いた後に雪が降ると、もう駄目。
どう言う事かって言うと、寒い日が続いて、雪が路面にずっとある間は、みんな比較的安全運転だし、道路上も秩序が保たれてるんやけど、一旦、暖かい日が続いて、その後に雪が積もると、すっかりと雪の危険性なんて忘れて、コーナーに突っ込んでからブレーキ踏む様な人が増えるのよ。結果、スリップして、他のクルマに激突。そして交通渋滞。
もうねぇ、いい加減、雪道や凍結した状態での状況見極めをチャンとして欲しいという感じ。
その点、日本の場合、雪の多い地方にいくと、みんな上手に雪道運転をこなしているって言う感が強い。学生時代にスキー場でバイトをしていたのだけれど、地元の人の運転はすぐに分かった。
私たち雪道に慣れてない人間が恐る恐る運転しているのを尻目に、ちょいとの凍結なんてモノともせず、ドリフト走行で山を上って行っていた。
まぁ、私たちが出会ったクルマが偶々だったのかも知れないけれど...
しかし道路事情の中での最も大きい違いは、歩行者の態度。日本では、法規上では歩行者の方が優先されているけれど、それでも、歩行者達は、クルマが来るか来ないかを実際に目で確かめてから渡るのが常。そしてクルマ側も、歩行者がいても、結構無視して角を曲がろうとする事が多いのも常。
しかし、カルガリーでは、歩行者達が一番。本当に、信号の無い道路でも横断歩道さえあれば、クルマが来ていても平然と車道に足を踏み出す人が多い。横断歩道が無くっても、喋りながら、周りを見ずに渡る人の多い事。あまりにふてぶてしくて、反対にクラクションを鳴らしたくなる事もあるけれど、その現場を警官に見らると多額の罰金を喰らうからグッとそこはこらえる。
カルガリーだけでなくても、バンクーバーでも同じ様な感じだったかな。横断歩道前に歩行者が立つと、みんな徐行して状況を見て、そしてクルマはストップする。私が今住んでいる地区は、子供が多いからか、もう「あ、このヒト渡るかな」と思った瞬間にクルマは止まるという感じ。それも、歩行者から5m以上は離れたところで止まる。
シアトルは歩いている人も多いけれど、クルマもソコまですぐには止まってくれなかった。だから横断歩道に『黄色い旗』が置いてあるところが結構あった。
NYは、歩行者が多い分、歩行者自身が結構、攻撃的だったかも。「止まってくれたら渡る」という姿勢よりも「轢くなら轢けよ!」言う感じの人も結構いた気がするなぁ。
カリフォルニアでは、歩行者はあんまりいなかったから、歩行者の多い地区にいくと反対にクルマが怯えて、ユックリになってた気がする。
南アフリカは、チョット、日本に似た感じ。歩行者自身が自分の身を守らないと危険。ウチの義父が、去年2回、歩行者に当たったらしい。彼曰く「突然、ユックリ歩いて立ち止まった」言うけれど、私と相方の理解では、義父がスピード出してるから、まだ歩行者が渡ってるのにぶつかった言うところだと思う。
2回とも歩行者に怪我は無かったらしいし、歩行者自身が義父に謝ったらしいけれど...それがカルガリー近辺で起こってたら、間違いなく警察沙汰で免許停止は免れないと思うな。
本当に色んな国、文化も違うからか運転に関する認識も違う。
前にも書いたかも知れんけど、ウチの相方は、極力、クルマで方向指示器を使わない。私はそれがどうしても嫌なのだけど、相方曰く、「どこに行くか他人にバレる」言うんよね(苦笑)。
で、北米で相方の運転に乗っていると怖いんだけど、南アフリカで乗ると安心なのよ。ホント不思議。確かに相方の実家近辺では行く先がバレない事によって変なクルマにつけられないとか言う事もあるしねぇ。
そう言う事があるからか、南アフリカの標識は非常に見やすい。道を知らなくても、標識をチャンと見ていれば、まず迷う事無く目的地に着ける。しかしカルガリーの標識はチト短期滞在者には不親切。
「右折オンリー」と書かれた車線を走っていても、右折オンリーでは無かったり、南北に走っていた道が北西に向きを変えると、道路の名前もその都度変わったりして、引越して来た頃は本当に良く迷った。
そう言えばニュージャージーに住んでいたときも、そんな感じだったっけ。
オーストラリアは、標識が大変見やすかった記憶がある。でも、私の住んでいたアデレードは、京都の様に碁盤の目のところも多かったから、分かりやすかったのかも知れないけれど。
日本とロサンゼルスを比べると、私にはロサンゼルスの標識の方が分かりやすかった。やっぱり車社会という事もあるからかしら。でも、地区によっては、何度行っても迷うところはあったけれど。
相方にとってはロサンゼルスの標識も北米どこの標識をとっても南アフリカと比べると分かりにくいらしい。
、と相方と私、標識の分かりやすさに対して意見の違いは多少あるものの、共通して不満を持っているのは『駐車』に関する標識の分かりにくさ。
北米内でも的確な基準が無いのか、行く場所によって、表記の仕方が違うの。「9時から3時までは2時間まで駐車可」と書いてあるところ、じゃぁ、3時以降はどうなのか?となると、
・何も書かれていないので、3時以降は何時間でも駐車可能
・何も書かれていないので駐車禁止
という2つの場合が考えられる。ちゃんと「3時から翌朝9時まで駐車禁止」って書いてある標識があれば分かるけれど、そう言うのが無い場合がほとんど。それは、暗黙の了解らしいのだけれど、そんな事は外様には分からないのだ。
こう都市を転々とすると、毎回、免許を新しく住む都市に書き換える時に、ちゃんとその新しい都市の交通ルールを勉強するって言う事が無くなる。それが悪いんだろうけれど、それでも大陸続きでクルマで都市から都市へと移動する人だって多い筈。少しでも交通ルールを統一化してくれないかしら、と思う今日この頃なのでした。
所変われば品変わる。
Tuesday, February 15, 2011
Vol. 3 - No. 13
## どうしようかな ##
遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。新年の初投稿はバレンタインデーの翌日となりました。みなさん、素敵なお正月にバレンタインデーをおくられました?
ご存知の方も多いと思いますが、他の多くの外国と同じ様にカナダも、バレンタインデーというと『女性から男性に』というよりも、『大切な人に』自分の心を伝える日であります。
残念ながら、ウチの相方、記念日という記念日を全て忘れてしまう性分なので、今年のバレンタインデーもカードのひとつも無いやろなぁ、と思いつつ。
例年は、チョコ中毒の相方の為に、チョコレートものを何か用意するのですが、今年はそれも無し。というのも、相方の血を引いたのか、ウチのボンもチョコ中毒。まだ2歳にならないというのに、既に相方のチョコレートを食べる日々が続き、ついに虫歯に。
ということで、ボンがチャンと歯が磨ける様になるまで、そして、歯医者でチャンと座って口を開けれる日が来るまで、我が家ではチョコレートやジュースと言った甘味ものは封印する事に。
ということで、今年のバレンタインデーは本をそれぞれにゲットする事に致しました。
さて、今回のタイトル『どうしようかな』。これは、ボンの教育に関しての事。
カナダでは、アメリカと同様、9月から新学年が始まります。日本では、私の時代では、4月1日と4月2日の間に学年の境界線があったけれど、今もそうかな?
ここカナダでは、日本の様なハッキリとした学年の境界線はありません。というか広いお国柄か、州によっても取り決めが違うんです。私が現在住んでいるカルガリーのあるアルバータ州の教育委員会のウェブサイトには、『3月1日以前に4歳になる児童は、その年の秋から幼稚園に入る事が出来る。しかし9月1日の時点で6歳になる児童は、その年の秋に小学校に入っていなければならない』と定められている。ところが、お隣のバンクーバーのあるブリティッシュコロンビア州では『その年に5歳になる児童のみ幼稚園に入園出来る』と。ややこしいでしょ?
カナダでは『幼稚園(キンダー)』は日本の年長さんと同じ。キンダー自体は義務教育では無いけれど、公立のキンダーだとタダだし、小学校への準備として行かせる親御さんが多い。反対に日本の年少さんに当たるプリスクールは、公立でもひと月150ドル弱(週2回、2時間)と少しお高め。なので、プリスクールに行かせずに、別にコミュニティーでやっているアートのクラスや、スポーツのクラスに子供を行かせる人も多いかな。
さて、上に挙げた『3月1日以前に4歳になる児童...』ということは、2月生まれの我がボンは、アルバータ州にいる間は、4歳でキンダーに入る事も、また5歳でキンダーに入る事も可能なのだ。ということは、4歳でキンダーに入園、そして1年後に小学校に5歳で入学する事も出来るし、または5歳までキンダー入園を待って、そして6歳で小学校を始める事も出来るし、もしくは、4歳でキンダー入園して2回キンダーに通って、6歳で小学校入学、って事も出来る。
実際に友達の長男は12月生まれ。彼は4歳でキンダーに入ったけれど、もう1年違うキンダーに通ってみてから6歳で小学校を始めようかな、と考えてるらしい。
キンダーでも半日教育で毎日というところもあれば、全日教育で毎日、というところもあるので、1年目は半日で2年目は全日にしたりも出来るのだ。
まずは始める時期で、チト悩む。私も相方も早生まれ。相方は3月の終わり生まれで、学年では一番若い部類だったそうな。でも、生まれつきガタイがデカイのでみんな年上ばかりにも関わらずクラスではいつも一番大きい方だったので苛められる事も無く、何の問題も無く行けたらしい。(頭脳面は覚えてないらしい)
我がボン、2歳目前にして、カナダの標準では、少し小さめ。日本の標準体型なのだけれど、カナダでは下から1割くらいのお痩せさん。背も、標準よりチト小さいかも。ま、背は、この年齢はシッカリ立ってくれんから図りにくいのだけどね。
でも、2歳にしては、そして一人っ子にしては、口は達者だし、理解も早い。だから早く入れても良いかな~?って気もするけれど、でも、『男の子はユックリ学校に入った方が良い』って意見も聞くし、迷うところ。
そして、学校制度もカナダは色々あって、私の住んでいる地域では
1. 普通の学校
2. モンテッソリー
3. トラディショナル・ラーニング・システム
4. フレンチ・イマージョン
5. スパニッシュ・イマージョン
6. チャイニーズ・イマージョン
と選択出来る。
とりあえず、カナダならではなのは、3から6かな。3は所謂、昔の教育法。こちらで、普通の学校と言うと、『生徒が主体』という教育が多く、生徒が色々と自分で経験して学んで行く、という感じなのだけれど、3は私たちが学んだ様に、先生が黒板を使って、教育をして行くって言う、昔ながらの教育法。結構、英語が、まだ苦手な家庭の人に人気かも。一般的にも、かなり人気が高くて、抽選のところが多いみたい。
そして4から6は、英語とともに英語以外の言語も使って教育を行う学校。最初は、あまり考えてなかったんだけど、最近になって考えているのが4のフレンチ・イマージョン。
フレンチ・イマージョンは、キンダーから2年までは100%フランス語のみで指導が行われるの。そして3年生から英語が授業に入って来て、年を追うごとに英語の比重が増えて行って、高校の2,3年には75%が英語で指導されるので、高校卒業時には英語もフランス語も完璧になる、はず。という学校の方式なのだ。
6のスパニッシュは、最初から英語とスペイン語半々で指導が行われるらしいから言語によって違うのね。ホント、カナダには日本人も多いし、日本語勉強している人も多いからジャパニーズ・イマージョンが出来てくれたら嬉しいのにねぇ。
ま、話は戻るのだけど、フレンチ・イマージョン。バンクーバーの友達の子供が入ってるのだけど、上の子は今3年かな?でも、やっぱり英語が強いみたい。フレンチ・イマージョンは、フランス語のインターナショナルスクールとは違って、父兄がフランス語が喋れない事前提だから、学校とのコミュニケーションは全て英語。やっぱり、学校で徹底してフランス語を入れても、友達同士のコミュニケーションは英語だし、家でも、普通のカナダの家庭では英語オンリーとなると、習得にはやっぱり少し時間がかかるのかな?
もともと相方は、第3言語の導入を嫌がってたんだけど、今回、南アフリカの里帰りにフランスによってから少し考えが変わったみたい。それにカナダの場合、もしもボンが将来、役人になりたいと思ったら、やっぱりフランス語が出来ないと昇進が難しいのだよね。
しかし、私たちがいつまでカルガリーにいるかどうか、今の所まだ未定なので、迷うのだよね。だって、例えば、ボンが小学校2年でアメリカ引越すとしよう。そしたら、彼の場合、英語で教育受けてないのだよね。それよりバンクーバーに引越す事になったら、学校を始める時期だって違うし。
フム、迷う、迷う。まだ2歳になるまで4日あるから、プレスクールに通う年齢までも、まだ少なくても1年半はある訳で、でも、1年半なんて、長い様で短いよねぇ?
ということで、相方のカルガリーでのプロジェクトも今年末には終了予定。半年後には、次の任地が決まってるかしら~。乞うご期待(笑)。
遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。新年の初投稿はバレンタインデーの翌日となりました。みなさん、素敵なお正月にバレンタインデーをおくられました?
ご存知の方も多いと思いますが、他の多くの外国と同じ様にカナダも、バレンタインデーというと『女性から男性に』というよりも、『大切な人に』自分の心を伝える日であります。
残念ながら、ウチの相方、記念日という記念日を全て忘れてしまう性分なので、今年のバレンタインデーもカードのひとつも無いやろなぁ、と思いつつ。
例年は、チョコ中毒の相方の為に、チョコレートものを何か用意するのですが、今年はそれも無し。というのも、相方の血を引いたのか、ウチのボンもチョコ中毒。まだ2歳にならないというのに、既に相方のチョコレートを食べる日々が続き、ついに虫歯に。
ということで、ボンがチャンと歯が磨ける様になるまで、そして、歯医者でチャンと座って口を開けれる日が来るまで、我が家ではチョコレートやジュースと言った甘味ものは封印する事に。
ということで、今年のバレンタインデーは本をそれぞれにゲットする事に致しました。
さて、今回のタイトル『どうしようかな』。これは、ボンの教育に関しての事。
カナダでは、アメリカと同様、9月から新学年が始まります。日本では、私の時代では、4月1日と4月2日の間に学年の境界線があったけれど、今もそうかな?
ここカナダでは、日本の様なハッキリとした学年の境界線はありません。というか広いお国柄か、州によっても取り決めが違うんです。私が現在住んでいるカルガリーのあるアルバータ州の教育委員会のウェブサイトには、『3月1日以前に4歳になる児童は、その年の秋から幼稚園に入る事が出来る。しかし9月1日の時点で6歳になる児童は、その年の秋に小学校に入っていなければならない』と定められている。ところが、お隣のバンクーバーのあるブリティッシュコロンビア州では『その年に5歳になる児童のみ幼稚園に入園出来る』と。ややこしいでしょ?
カナダでは『幼稚園(キンダー)』は日本の年長さんと同じ。キンダー自体は義務教育では無いけれど、公立のキンダーだとタダだし、小学校への準備として行かせる親御さんが多い。反対に日本の年少さんに当たるプリスクールは、公立でもひと月150ドル弱(週2回、2時間)と少しお高め。なので、プリスクールに行かせずに、別にコミュニティーでやっているアートのクラスや、スポーツのクラスに子供を行かせる人も多いかな。
さて、上に挙げた『3月1日以前に4歳になる児童...』ということは、2月生まれの我がボンは、アルバータ州にいる間は、4歳でキンダーに入る事も、また5歳でキンダーに入る事も可能なのだ。ということは、4歳でキンダーに入園、そして1年後に小学校に5歳で入学する事も出来るし、または5歳までキンダー入園を待って、そして6歳で小学校を始める事も出来るし、もしくは、4歳でキンダー入園して2回キンダーに通って、6歳で小学校入学、って事も出来る。
実際に友達の長男は12月生まれ。彼は4歳でキンダーに入ったけれど、もう1年違うキンダーに通ってみてから6歳で小学校を始めようかな、と考えてるらしい。
キンダーでも半日教育で毎日というところもあれば、全日教育で毎日、というところもあるので、1年目は半日で2年目は全日にしたりも出来るのだ。
まずは始める時期で、チト悩む。私も相方も早生まれ。相方は3月の終わり生まれで、学年では一番若い部類だったそうな。でも、生まれつきガタイがデカイのでみんな年上ばかりにも関わらずクラスではいつも一番大きい方だったので苛められる事も無く、何の問題も無く行けたらしい。(頭脳面は覚えてないらしい)
我がボン、2歳目前にして、カナダの標準では、少し小さめ。日本の標準体型なのだけれど、カナダでは下から1割くらいのお痩せさん。背も、標準よりチト小さいかも。ま、背は、この年齢はシッカリ立ってくれんから図りにくいのだけどね。
でも、2歳にしては、そして一人っ子にしては、口は達者だし、理解も早い。だから早く入れても良いかな~?って気もするけれど、でも、『男の子はユックリ学校に入った方が良い』って意見も聞くし、迷うところ。
そして、学校制度もカナダは色々あって、私の住んでいる地域では
1. 普通の学校
2. モンテッソリー
3. トラディショナル・ラーニング・システム
4. フレンチ・イマージョン
5. スパニッシュ・イマージョン
6. チャイニーズ・イマージョン
と選択出来る。
とりあえず、カナダならではなのは、3から6かな。3は所謂、昔の教育法。こちらで、普通の学校と言うと、『生徒が主体』という教育が多く、生徒が色々と自分で経験して学んで行く、という感じなのだけれど、3は私たちが学んだ様に、先生が黒板を使って、教育をして行くって言う、昔ながらの教育法。結構、英語が、まだ苦手な家庭の人に人気かも。一般的にも、かなり人気が高くて、抽選のところが多いみたい。
そして4から6は、英語とともに英語以外の言語も使って教育を行う学校。最初は、あまり考えてなかったんだけど、最近になって考えているのが4のフレンチ・イマージョン。
フレンチ・イマージョンは、キンダーから2年までは100%フランス語のみで指導が行われるの。そして3年生から英語が授業に入って来て、年を追うごとに英語の比重が増えて行って、高校の2,3年には75%が英語で指導されるので、高校卒業時には英語もフランス語も完璧になる、はず。という学校の方式なのだ。
6のスパニッシュは、最初から英語とスペイン語半々で指導が行われるらしいから言語によって違うのね。ホント、カナダには日本人も多いし、日本語勉強している人も多いからジャパニーズ・イマージョンが出来てくれたら嬉しいのにねぇ。
ま、話は戻るのだけど、フレンチ・イマージョン。バンクーバーの友達の子供が入ってるのだけど、上の子は今3年かな?でも、やっぱり英語が強いみたい。フレンチ・イマージョンは、フランス語のインターナショナルスクールとは違って、父兄がフランス語が喋れない事前提だから、学校とのコミュニケーションは全て英語。やっぱり、学校で徹底してフランス語を入れても、友達同士のコミュニケーションは英語だし、家でも、普通のカナダの家庭では英語オンリーとなると、習得にはやっぱり少し時間がかかるのかな?
もともと相方は、第3言語の導入を嫌がってたんだけど、今回、南アフリカの里帰りにフランスによってから少し考えが変わったみたい。それにカナダの場合、もしもボンが将来、役人になりたいと思ったら、やっぱりフランス語が出来ないと昇進が難しいのだよね。
しかし、私たちがいつまでカルガリーにいるかどうか、今の所まだ未定なので、迷うのだよね。だって、例えば、ボンが小学校2年でアメリカ引越すとしよう。そしたら、彼の場合、英語で教育受けてないのだよね。それよりバンクーバーに引越す事になったら、学校を始める時期だって違うし。
フム、迷う、迷う。まだ2歳になるまで4日あるから、プレスクールに通う年齢までも、まだ少なくても1年半はある訳で、でも、1年半なんて、長い様で短いよねぇ?
ということで、相方のカルガリーでのプロジェクトも今年末には終了予定。半年後には、次の任地が決まってるかしら~。乞うご期待(笑)。
Saturday, December 18, 2010
Vol. 3 - No. 12
## はじめてのクリスマス ##
いやぁ、あっという間に師走!早いですね。もう日本の街はすっかりとクリスマス色一色なんだろうな~。こちらカルガリーもドンドンと街はカラフルな電灯で飾られて、それが雪の白さに映えて綺麗綺麗。
去年は青いライトが流行だったらしくって、良く見かけたけれど、やはり寒い地方に寒色のライトは頂けません。今年はまた『赤』と『緑』のクラシックなコントラストと黄色っぽい暖かい感じのライトが増えた様な気がする。
さて、海外に出てから、毎年クリスマスは色々なところに出かけたり、帰省したりして過ごしていたけれど、今年は何と初めての『お家クリスマス』。というもの、近年の航空運賃の高騰により、クリスマス前に海外渡航というのはとてもじゃないけれど、懐が寂し~って事になるのですよ。
なので、クリスマス近くで南アフリカ帰省のチケットを探したところ、クリスマス翌日出発のチケットが安い!ということで、今年はクリスマスをカルガリーで過ごし、翌日にアムステルダム、そしてパリ経由でヨハネスブルグに向かう事になりました。
「いや~、お家で過ごすクリスマスなんて、初めてやね~」と相方とノホホンと会話をしていたら、何と、ロサンゼルス在住のときの仲良しカップルがクリスマスから年始にかけてロッキーで過ごす、と言うではないですか。
当初の予定では、彼らはクリスマス当日にカルガリーについて、そこからレイクルイーズへ向かう予定だったのですが、私たちがクリスマス翌日から出て、1月の中旬まで戻って来ないという事で、1日予定を早めて、クリスマスイブにカルガリー入りをし、そして我が家に泊まって、翌日のクリスマス当日の午後にレイクルイーズへ行くシャトルバスに乗る事に。
イヤ~嬉しい!
しかし、すぐ後に現実的な悩みが...
初めてのお家クリスマス。いやぁ、どうやっておもてなしするよ?今まで産まれてから一度もクリスマスパーティーのホストになった事の無い、私と相方。
え、クリスマスってどうやって祝う?クリスマスイブの夜と、クリスマスの日の朝とお昼を一緒に過ごすのに、何もしない訳にイカンやんね?
え、ごはんどうする?
とりあえずは、クリスマスイブは外食しようという事で、レストランを探すも、有名レストランは既に予約でいっぱい。結局はカルガリータワーの上にある回るレストランの予約が取れて、イブの夜はオッケー。
さて、クリスマス当日。どうする?普通は、クリスマスランチが大きいランチなんだよね。やっぱりターキー焼く?でも、私と相方のターキーなんて、1回実験的に焼いただけで、実用には向かんという事で、焼いてないぞ。プラスでその次の日から3週間も留守にするから残り物は困るぞ。
やっぱりツリーの飾り付けもせなアカンよね。一応ツリーはあるけれど、飾りは足りるかな?一度だけ、飾ったんだけれど、それは、クリスマスに人がいると見せかける為のセキュリティー目的で飾ったから(私ら全員、お出かけしてたからタイマー仕掛け)楽しむ為のものじゃなかったんよね。
と、ここまで書いた後に、ツリーを飾ってみた。そしたら、タグがついたまま。トホホ、情けない。やっぱり飾りは足りなかったので、近所の大型店に走って、買いました。やっと、クリスマスツリー完成。最初に完成した時には興味を示さなかった息子も、今回はキラキラ度が充分だったか、「キラキラ~」「きれい~」と言ってくれました。
いやぁ、それにしても、まだまだ問題山積み。今度の家は暖炉無いから、どこにクリスマスストッキング置く?とかストッキングスタッファーはどうする?とか色々色々ね。
今まで色んな家庭のホストするクリスマスパーティーにおよばれしてたけれど、ホストするって、大変なのね~。嗚呼どうしよう。海外生活16年目にして訪れた難関でごじゃります。ま、何はともあれクリスマス。楽しくハッピーに笑顔とともに迎えて笑顔とともに去って行けば良いな。
では、皆さんも師走の忙しい時期ですが、素敵な年末年始をお迎えください。また来年も宜しくお願い致します。
いやぁ、あっという間に師走!早いですね。もう日本の街はすっかりとクリスマス色一色なんだろうな~。こちらカルガリーもドンドンと街はカラフルな電灯で飾られて、それが雪の白さに映えて綺麗綺麗。
去年は青いライトが流行だったらしくって、良く見かけたけれど、やはり寒い地方に寒色のライトは頂けません。今年はまた『赤』と『緑』のクラシックなコントラストと黄色っぽい暖かい感じのライトが増えた様な気がする。
さて、海外に出てから、毎年クリスマスは色々なところに出かけたり、帰省したりして過ごしていたけれど、今年は何と初めての『お家クリスマス』。というもの、近年の航空運賃の高騰により、クリスマス前に海外渡航というのはとてもじゃないけれど、懐が寂し~って事になるのですよ。
なので、クリスマス近くで南アフリカ帰省のチケットを探したところ、クリスマス翌日出発のチケットが安い!ということで、今年はクリスマスをカルガリーで過ごし、翌日にアムステルダム、そしてパリ経由でヨハネスブルグに向かう事になりました。
「いや~、お家で過ごすクリスマスなんて、初めてやね~」と相方とノホホンと会話をしていたら、何と、ロサンゼルス在住のときの仲良しカップルがクリスマスから年始にかけてロッキーで過ごす、と言うではないですか。
当初の予定では、彼らはクリスマス当日にカルガリーについて、そこからレイクルイーズへ向かう予定だったのですが、私たちがクリスマス翌日から出て、1月の中旬まで戻って来ないという事で、1日予定を早めて、クリスマスイブにカルガリー入りをし、そして我が家に泊まって、翌日のクリスマス当日の午後にレイクルイーズへ行くシャトルバスに乗る事に。
イヤ~嬉しい!
しかし、すぐ後に現実的な悩みが...
初めてのお家クリスマス。いやぁ、どうやっておもてなしするよ?今まで産まれてから一度もクリスマスパーティーのホストになった事の無い、私と相方。
え、クリスマスってどうやって祝う?クリスマスイブの夜と、クリスマスの日の朝とお昼を一緒に過ごすのに、何もしない訳にイカンやんね?
え、ごはんどうする?
とりあえずは、クリスマスイブは外食しようという事で、レストランを探すも、有名レストランは既に予約でいっぱい。結局はカルガリータワーの上にある回るレストランの予約が取れて、イブの夜はオッケー。
さて、クリスマス当日。どうする?普通は、クリスマスランチが大きいランチなんだよね。やっぱりターキー焼く?でも、私と相方のターキーなんて、1回実験的に焼いただけで、実用には向かんという事で、焼いてないぞ。プラスでその次の日から3週間も留守にするから残り物は困るぞ。
やっぱりツリーの飾り付けもせなアカンよね。一応ツリーはあるけれど、飾りは足りるかな?一度だけ、飾ったんだけれど、それは、クリスマスに人がいると見せかける為のセキュリティー目的で飾ったから(私ら全員、お出かけしてたからタイマー仕掛け)楽しむ為のものじゃなかったんよね。
と、ここまで書いた後に、ツリーを飾ってみた。そしたら、タグがついたまま。トホホ、情けない。やっぱり飾りは足りなかったので、近所の大型店に走って、買いました。やっと、クリスマスツリー完成。最初に完成した時には興味を示さなかった息子も、今回はキラキラ度が充分だったか、「キラキラ~」「きれい~」と言ってくれました。
いやぁ、それにしても、まだまだ問題山積み。今度の家は暖炉無いから、どこにクリスマスストッキング置く?とかストッキングスタッファーはどうする?とか色々色々ね。
今まで色んな家庭のホストするクリスマスパーティーにおよばれしてたけれど、ホストするって、大変なのね~。嗚呼どうしよう。海外生活16年目にして訪れた難関でごじゃります。ま、何はともあれクリスマス。楽しくハッピーに笑顔とともに迎えて笑顔とともに去って行けば良いな。
では、皆さんも師走の忙しい時期ですが、素敵な年末年始をお迎えください。また来年も宜しくお願い致します。
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