## 日本と日本語 ##
さてさて、こちらカルガリーは、かなりの雪に見舞われております。今朝の気温はマイナス17度。明日は、もう少し下がって、マイナス20度台になるそうな。いやいや、カルガリーでは別に不思議な事ではないのだけれど、なんせ一昨日、日本から戻って来たばかり。何だか時差ボケのボケた体には信じがたい気候なり。
さて今回の里帰りでは、日本語の環境が与える息子への日本語能力習得への影響を「これでもか!」という程見せつけられた。日系のお子さんを持つお母さん達から聞いていたものの、ここまでだとは思わなかった。なんせ、ウチの息子、まだ2歳にもならんしね。
里帰り前は、言葉は出ていたけれど、単語を発するって感じだったのだけれど、日本について、何と2日目には2語文が飛び出した。あれよあれよと言う間にそれがセンテンスに。何だか堰を切って色んな言葉が飛び出して来たという感じ。
例えば、今まで「くるま」とか「あーとう(ありがとう)」、「ひこうき」とか言う言葉を発していたのが、今では「あ、くるまどこだ~?」「あ、くるまいた」とか「ひこうきのんのする」とか言うの。
ウチの両親の家は、離れに姉家族が住んでいる。姉には15歳と10歳の息子がいる。特に10歳の甥は、昔から弟が欲しかったから、うちの息子の面倒を本当に良く見てくれる。どうも、ウチの息子は、その男系家族が気に入った様子。それも日本語が伸びた要因と思われる。
カルガリーにいる間は、お友達の名前も覚えてなかったし、って言うか、人に名前がそれぞれあるって言う事実に気づいてなかった様子。自分の名前に関しても、どうも、何かの動詞だと思っていた様な感じ。
それが、日本に着いたら、みんなが息子の名前を呼ぶもんだから、「お、これはどうやら俺の事を指してるな」と気づいたらしい。一旦、それに気づいたら、ウチの家族みんなの名前を覚えるのはホントに早かった。で、名前で呼べば返事をしてくれるものだから、またそれが楽しかったらしい。ツボにはまったのか、用事もないのに、全員の名前を片っ端から連呼し楽しんでた。
その他のメジャーな発達と言えば、乗り物に対する愛情を深めた事。日本へ飛び立つ前も、それはそれで、車や飛行機などは好きな方だったけれど、甥のミニカーのコレクションを見るや否や、ボッと、その愛情に火がついたらしい。
もともと姉の長男も、類を見ない車好きで、1歳過ぎで車のカタログを渡したら、かなり長い間1人でそのカタログをページごとにチェックして行き、3歳くらいの頃には道を走る車の名前や年式を次から次へと叫んで行くし、タイヤのホイールを見たいから車の座席に座るのを拒んで、じっと観察してる様な子だった。だから、ウチの母や姉が彼の為に購入したミニカーコレクションはスゴいもので、半分以上処分したという割に、引き出しいっぱいのミニカーのコレクション。さすがに甥も、既に15歳だし、全くミニカーに対して興味も無いので、すべてウチの息子に受け継がれる事になった。
話を元に戻すが、もう、本当に乗り物達が好きになったらしくって、夜泣きの時にも「飛行機!」とか「車、のんの!」とか、脈略も無く叫ぶ感じ。まぁ、刺激も強かったから、ついて数日は時差ボケも手伝って結構激しく夜泣きをされたのだけれど、さすがに最初に「飛行機!」と叫ばれた時には、少しコミカルで笑ってしまった。
3週間強の滞在で、すっかりセンテンスで日本語を話す様になり、「すごいなぁ!」と思いつつ、前よりも要求がハッキリ分かるので「面倒くさいなぁ」と思う事も無きにしもあらず(苦笑)。なんせ、食事の用意をしていても「ママ、おいで~」とか、相方が抱き上げようとすると「ダディ、あっち。ママ、抱っこ」とか、ね。プラスで「オッパイ飲む~!」と街中で大声で叫ばれた日にゃぁ、笑わなしゃーない。
問題は、この日本語能力をどこまで維持して行くか。両親とは時間を決めて、出来るだけ1週間に1度はスカイプで話そう、と決めた。後は、日本語のテレビを見せる事。そして日本語を話すお友達と一緒に遊ぶ事。それだけやっても、学校に行きだしたら、英語に取って代わられるんやろうなぁ、と寂しく思いつつ、とりあえずは日本語で話す事が出来る様に、出来るだけ頻繁に日本へ帰ろうと、思ったのでありました。
ではでは、もうしばらくの間、紅葉を楽しんで下さいませ!